2025年1月16日(木)

Wedge REPORT

2025年1月16日

野生動物の生息地化する都市

 そもそもクマには森と都市との見境はないのではないか。餌があって命の危険さえなければ、どこでもクマには快適な環境なのであろう。

 昔は奥山にいてさえ狩猟の危険にさらされて、人間は怖い存在だった。ところが山村の過疎化や山暮らしへの適応力の低下によって、マタギどころかハンターも減り、クマにとっていつ撃たれるかわからない危険な環境から、徐々に安全な環境に変化した。数世代経過するうちに人間が危険な存在であるというクマ社会での常識が、薄れていったのであろう。

 そうするうちに生息数も増えて餌不足になる。ただでさえ森林の生(な)り物は年によって豊凶が著しい。恐らくはこの現象も森林生態系のなせる業で、生物の世代交代を促すためや適応力の高い個体を峻別する仕組みなのだろう。

 その森林が、進化の著しい人類によって直接開発され、あるいは緩衝地帯であった農地などが市街化され、町や都市と隣接するようになった。飢えたクマたちが、食物が豊富で一見安全そうな人間社会に進出するのは、極当たり前の現象だと思う。

 秋田の事件も森林から5キロメートル(km)も離れた市街地などと報道されているが、一夜に山中を30㎞ぐらいは平気で移動するクマにとっては何てことはない。30年ほど前のこと、青森県下北半島の野生生物研究所、もともとは北限のサルの研究・保護活動をされていたのだが、ツキノワグマにも発信機を着けて行動を調査していた。そこで、クマは夜間には国道を利用して移動していると教えてもらった。

写真 2 森林に接する都市

 人間に便利なものは概して野生動物にも便利なものなのだ。5kmが遠いなんて、都市化によって退化した人間の感覚でしかない。

 都市には森林と共通するさまざまな要素がある。

1 餌となる食料の存在である。庭木の果樹、家庭菜園の野菜、食品ごみ、果ては商店やスーパーの食料品など豊富以外の何ものでもない。

2 塒(ねぐら)となるもの。鳥類なら建物の隙間など、タヌキやハクビシンなら縁の下や屋根裏、クマの冬眠用の樹洞に代わるものとしては、物置、空き家、果ては炬燵などいくらでもある。

3 高層ビルも崖と同じで、ハヤブサなどの猛禽類の見張り場として機能している。

 野生動物の目には、都市空間は最上級の森林として映っているのかも知れない。

 森だの町だのと人間が勝手に描いたゾーニングは、どうやら野生動物たちには埒外(らちがい)であるらしい。それならば、それを前提に人間側の対応を考えなければならないし、かつての山村のように野生動物と生活をともにしているという心構えを必要とする。都市の便利さに溺れて、無防備に暮らす時代は終わったのかも知れない。

 人間へ反撃をするのは、野生動物だけではない。その生息の母体となる森林についても目を向ける必要がある(「都市に反撃する自然~植物編~」へつづく)

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