2025年12月5日(金)

勝負の分かれ目

2025年3月9日

 羽生さんが、萬斎さんと初めて顔を合わせたのは10年前だった。2015~16年シーズンのフリーで、萬斎さん主演の映画「陰陽師」の曲を使用した「SEIMEI」を演じることをきっかけに対談が実現。プロスケーターとして表現者の道をさらに追求する羽生さんにとって、尊敬の眼差しを向け、あこがれの念を抱く萬斎さんとのコラボレーションは単なる夢の実現ではなく、強い覚悟のもとで生み出されていた。

 「プロの世界、表現の世界というものにしっかりと足を踏み入れてからは、僕自身は本当に若輩者でしかないと思っています。その中で、日本の伝統芸能を脈々と引き継がれている方、その中でも特に秀でていらっしゃる方とコラボレーションするということは、やはり恐れ多く、自分自身がそこに対してふさわしいスケート、プロとしての芸術を持ち合わせないといけないなということを、とてもとても強く感じながらリハーサルからこなしてきました」

 こう話すときの羽生さんの表情は緊張がにじんでいた。そんな覚悟に裏打ちされた表現者としての成長は、萬斎さんにもとても頼もしく見えていた。

 「(10年前に対談したときは)もちろん、彼の中で内包されているものはありましたが、まだ言語化されていなかったというか。それが、これまでの経験などで殻が破れ、芽が出て、まさしく今、花開いているなと感じました」

 20歳だった若者がフィギュア界の絶対王者と呼ばれ、五輪連覇を成し遂げ、競技の枠を超えた「表現者」の世界へ足を踏み入れた求道者となっていたことを肌身で感じているようだった。羽生さんとの自身の代表的な演目の一つである「MANSAIボレロ」を被災地で披露したからこそ、萬斎さんも「最初、ちょっと感極まりそうになりました」と打ち明ける心境に至っていた。

演者も観客も全力をつぎ込んだ演技

 そして、後半の第2部でも、伝統芸能とフィギュアを一体化させた舞が披露された。

 ファンにとっても待望の瞬間だっただろう。萬斎さんとのコラボによる「SEIMEI」の熱演だ。羽生さんも大きな重圧を背負ってリンクに立った。

 「威厳のようなものを常に背後から感じながら、決してミスをすることができないというプレッシャーとともに、オリンピックかなと思うぐらい緊張しながら滑りました」

 バックステージ上方にせり出した場所から安倍晴明を演じる萬斎さんと、式神として氷上を舞う羽生さんが見事なまでの一体感を織りなした。

 冒頭の4回転サルコウ、さらには4回転トーループからの3連続ジャンプ。萬斎さんに導かれるように、ミスが許されない一発勝負の本番で、羽生さんは完成度の高い舞を披露し、満員の客席からのスタンディングオベーションを沸き起こした。


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