アレクサンダー・グレイ氏は、中国専門家として連邦議会スタッフを務めたあと、2016年の米大統領選挙でトランプ陣営に参加し、アジア政策の策定に関わった。第一次トランプ政権発足後は主に国家安全保障会議(NSC)の要職を歴任し、最後はNSCの首席補佐官を務めた。24年の大統領選挙中もトランプ陣営と近い関係を維持し、自身は第二次政権には入っていないものの、ホワイトハウスと緊密な連絡を続けており、日本政府からもトランプ政権との〝橋渡し役〟として期待されている。

第二次トランプ政権の対中戦略を読み解くため、グレイ氏は18年2月に第一次トランプ政権が策定した機密文書「インド太平洋戦略枠組み」を振り返り、1期目の対中戦略との継続と変化に注目している。
グレイ氏の説明にもあるように、同文書は中国がインド太平洋地域で強権主義的な勢力圏を打ち立てるのを阻止し、米国の優越性を維持することを目的としている。中国の産業政策と不公平な貿易慣行、一帯一路、そして強権主義的な社会体制下での輸出に対する強い警戒感を背景に、トランプ政権が日本や韓国、台湾を含む同盟国・同志国との協力を深め、経済、技術、軍事、情報などあらゆる面で中国との競争を勝ち抜こうとしていたことが読み解ける。
中でも注目すべき点は、米軍の軍事プレゼンスの強化と同盟国・有志国との防衛協力の強化を通じて中国を抑止し、紛争時には第一列島線の内側で中国の海上・航空優勢を拒否しながら、外側ではすべての領域での優勢を維持し、台湾など同盟国・友好国を守り抜くとされている。
これは、米国が公式に維持してきた台湾の防衛に関する戦略的曖昧性を明確に否定する内容である。第一次トランプ政権はこの戦略に基づき、中国との戦略的競争を強化するとともに、同盟国との協力関係を深め、台湾が中国の侵攻に耐えられるよう対艦攻撃能力や防空能力など非対称性兵器の売却に踏み切った。
しかし、自身も同枠組みの策定に関わったグレイ氏は、2期目のトランプ政権も中国との戦略的競争を重視しているものの、米国第一主義がより前面に出て、1期目に重視した国際経済体制の維持や同盟国との連携強化が後退していると分析する。
つまり、軍事面より経済面での中国との競争をより意識し、米国内に製造業を取り戻すことが政権の優先課題となっており、同盟国だけではなく中国にも取引外交を持ちかけている点が懸念される。
中国との取引が重視されすぎると、安全保障面で米国が譲歩する可能性が高まる。実際、トランプ大統領は「台湾が米国から半導体産業を奪った」と主張し、米国内への先端半導体工場の移転を要求している。中国が台湾を海上封鎖しても中国に関税をかけるというのみで、台湾防衛に前向きな発言を控えている。
1期目の任期終了直前に同枠組みの機密指定を解除したのは、米国で政権が代わっても超党派で自由で開かれたインド太平洋の実現に取り組むことを期待したからであった。後を継いだバイデン政権も戦略の大枠を引き継ぎ、中国との戦略的競争と台湾への関与の拡大に取り組むことになったため、一定程度その目的は達成できたと評価できる。
一方、同枠組みの機密指定解除により、トランプ大統領と政権高官たちの認識の差も垣間見えた。1期目の政権は1970年代から続いてきた関与に基づく中国政策を大転換し、米国の優越性を維持するために大国間競争というアプローチを取った。それはトランプ大統領が掲げる米国第一主義に沿うものだったが、大統領の関心は貿易赤字を減らすための中国との取引であり続けた。