ーー子育ては家族の責任であるという保守的な論調が依然根強く残る中で、保守派とされる安倍首相が、女性の社会進出や子育て支援として「育児休業3年」や待機児童をゼロにする「待機児童解消加速化プラン」などの政策を進めています。この、一見すると保守の中のねじれとして見える現象はどう解釈すべきでしょうか?
松木:よく言われることですが、ネオリベラリズムと保守派とは違うということではないでしょうか。ネオリベラリズムは、経済成長のために女性の労働力を活用しようというのが第一。そのためには、女性の両立支援が必要ですから、「子育ては女の仕事」という固定的な性別役割分業は二の次になります。ですから、安倍首相の支持層の中には、それを良しとしない人もいるのかもしれません。
ただ一方で、3年育休というのは、子どもが小さいうちはお母さんが家庭で育児に専念することを保障しようとする政策ですから、これは保守的な価値観とも一致する。なので、安倍政権で打ち出されている政策には、本来はあまり噛み合わせのよくない2つの理念が混ざっているようにも思います。
ーーここまで子どもを預ける側、ケアする側についてお聞きしましたが、90年代から現在までで家族に対する意識は変容したのでしょうか?
松木:実態レベルで言えば、30代後半の私たち(松木さんと、インタビュアーの本多)も結婚していないように、晩婚化して、生涯未婚率も高くなっている。結婚行動は大きく変化しているのに、「人間は結婚するのが当たり前」みたいな考え方は残っていて、私も両親に「いつになったら結婚してくれるんだ」みたいなことを言われる(笑)。つまり、家族の実態の変化に、規範の変化が追いついていない。特に子育てについては、実際には子どもを預けることが多くなっているにもかかわらず、預けることをよしとしない規範がいまだに根強く残っている。
ーー規範と実態の乖離を埋めることができれば、子育ての社会化もうまくいくということでしょうか?
松木:そうですね。規範の変化が起これば、特になんの問題もないと思います。私自身の価値観からすれば、0歳から子どもを預けることに、なぜそんなに罪悪感抱くのか不思議なんです。でも、どうやら、そういう価値観ではない人も多いらしい。それなら、子育てを支援する人も、支援される人も家族の責任を大切にしていることを前提とした支援の制度を考えていかなければいけないなと。
ーーそれは具体的にどういうことでしょうか?
松木:子どもを長時間預けることが、子育て責任の放棄として理解されることがないような支援であることが重要だと思います。支援者と子どもの保護者が、お互いに子育ての対等なパートナーとして認めあえるような支援のありかたというか。そのためには、支援者が子どもに提供するケアがあまり集団的なものにならないことや、支援者と保護者が個別的な関係性を形成できるような環境であることが条件になるでしょうね。
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