2025年12月6日(土)

WEDGE REPORT

2025年6月17日

控えめな中国当局

 中国には大昔から「科挙」という、家柄、身分に関係なく優秀な人材を官僚として登用する制度が清朝末期まであった。つまり、中華系の人たちは、子どもたちに良い教育を与える事ができれば明るい未来が待っていると信じている。それゆえに教育熱心な国民性となっている。

 また、中国は、アメリカ依存は経済的なリスクが高いことを痛感しており、教育水準を高めることができれば、いずれ国力でアメリカに匹敵し、依存リスクを減らせると考えている。宇宙への有人飛行、自動車の比亜迪(BYD)、AIのDeepSeek(ディープシーク)などの結果も出しており、今後も教育に力を入れ続けていくことは間違いない。

 中国当局にしても、トランプ大統領の政策は渡りに船だ。まず、通常の中国本土の大学は、言葉や文化の壁などから、世界から優秀な留学生が来るという環境にない。逆に、優秀な中国人はアメリカに留学する人が多く、アメリカの教育研究機関のInstitute of International Education(IIE)の統計によると、24年の中国からアメリカへの留学生の数は約27万7000人で、アメリカに留学している学生全体の約25%を占める。ハーバード大だけでみても、同大に在籍する中国人留学生は約2100人に上る。

 トランプ大統領が打ち出した措置は、「流出」していた優秀な中国人留学生を、国際都市香港へ戻ってきやすくする上、未来の中国人留学生の流出も抑えられる。もし、中国本土以外の外国人留学生も香港を選んでくれたならば、優秀な人材の取り込みも実現する。

 中国外務省の毛寧報道官は「中国の留学生の合法的な権利と利益を深刻に損なう」、「政治的、差別的なやり方で、米国自身の国際的なイメージと国家の信用をさらに損なうだけだ」と非難した。ただ、この件に関しては、控えめな論調をしているのが特徴で、政治的に目立たない方がいいのだろうと考えている節がある。

 ありがたいことに、中国当局が何もしなくても、留学生全般についてのノウハウがある香港に任せておけば、ある程度、自立走行的に勝手に動いてくれるのを利用するほうが得策だという思いもある。アメリカとの関係ではより重要な貿易交渉があることから、刺激しない方が良いという判断だ。アメリカと摩擦を起こさずに良い人材を獲得できれば、結果的に濡れ手に粟状態……したたかな戦略だ。

政情不安の香港を選んでくれるのか?

 課題は、国安法制定後の逮捕者続出の件を考えると、研究者として政府批判を含め政治的な研究をしにくい環境だ。また、小学校などでも愛国教育を進める香港において、言論の自由と学問の自由が奪われつつある状況を見ると、中国本土の大学生は香港を選んでくれる可能性があるが、それ以外の国の学生が来港するのが厳しいのが現実だ。

 中国当局も、香港当局も留学生集めはそう甘くはないことを理解しており、ハーバード大にいる中国人留学生が香港に編入してくれれば及第点といったところだろう。

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