韓国、台湾を見ると、1900年から20年代まで成長率が高まったが、その後停滞し、戦後、60年代以降、再び成長率が高まったことが分かる。
中国は80年頃から、インドは90年頃から成長率が高まっている。これは、鄧小平が78年に改革開放路線を打ち出し、中国共産党として権力は手放さないが、経済は資本主義化するという方針を採用したからである。インドは独立後、外国資本も外国貿易も極端に制限し、物価を統制するという準社会主義政策を行っていたが、91年以降、現首相のマンモハン・シン財務相(当時)が自由化政策を行ったからである。
大改革は危機の時代になされた
さて、ドイツ、フランス、日本、韓国、台湾の成長率の高まりをどう解釈したら良いだろうか。米国にとって楽しい解釈は、米国がドイツ、日本を占領している間に構造改革を行ったので、成長率が高まったと考えることである(これは前述のスタインソン助教授の解釈)。フランスは、占領されていたわけではないが、疲弊したフランスは米国の影響を受けていたので、やはり必要な改革を行ったと考えられる。
これが日本にとって楽しくない解釈なら、楽しい解釈もある。日本が支配していた時代に韓国、台湾の成長率が高まっている。これを日本の統治が優れていた証拠だと解釈することである。これが韓国、台湾には楽しくない解釈なら、その成長は続かず、20年代には停滞してしまったことに着目すれば良い。韓国、台湾の成長率が本当に長期的に高まったのは、独立を取り戻し、自ら改革を行った60年代以降であると解釈できる。
さて、中国、インドの例を見れば、まったく誤った経済政策によって経済がひどい状況にあったときから出発すれば、成長率を飛躍的に高めることができると分かる。鄧小平の改革は、文化大革命の混乱の後、餓死者が出るような状況でなされたものである。シン財務相の改革も、外貨が底をつき、経済危機の中でなされたものである。現在の日本はそれほどひどい状況にあるわけではない。現在なされている政策がとてつもなく間違っているというわけでもない。だから、改革は難しいともいえる。しかし、アジアのほかの国々が成長しているなかで日本だけが乗り遅れるわけにはいかない。だからこそ覚悟をもって大胆な改革に取り組む必要がある。鄧小平もシンも、大改革をした当時、成功するかどうか分からなかったはずだ。鄧小平は、共産党が権力を維持できるか確信を持っていたわけではないだろうが、それでも大改革を行ったのである。北朝鮮は、その気迫を持てないから貧しいままなのだ。
1月22日、安倍首相は世界経済フォーラム(ダボス会議)で演説したが、その中で、成長戦略に関して、電力市場の自由化、都心での容積率の撤廃、TPP参加、法人税減税、雇用市場改革、女性の活用を行うと述べた。