子どもの貧困と格差の拡大が、子どもと学校・教育にどのような影響を与えているかについて、4月から大学で話している。授業の始めにこんなアンケート結果を見せ、このA、B、Cに当たる国はどこか、学生たちに聞いた。
多くの学生が、「Aはアメリカ、Cはヨーロッパの国」と解答。大きく外れてはいない。読者の皆さんはどう考えられるか。
(1)[ほとんどの人は他人を信頼している]
A 29% B 48% C 74%
(2)[ほとんどの人は基本的に善良である]
A 38% B 74% C 83%
(3)[この社会では気をつけないと誰かに利用される]
A 80%超 B 80%未満 C 25%
(「木村忠正2005「『間メディア性』本格化の年」、『NIRA政策研究』第18巻第12号(2005年12月)28-32ページから筆者が数値を簡略化したもの。)
学生たちはAをアメリカと答えたが、それは、アメリカの格差の拡大が社会に対する信頼、他者に対する信用を失っていると考えたのである。Cは逆に、これほど社会に対する信頼を保てているのは、北欧の国ではないかと考えたようだ。
さすがに1年生と4年生では正解にはかなり差があったが、少し、議論をしていくとかなりの学生が正解に行き着いた。
社会を信用しない日本の若者
正解は、Aが日本である。ちなみにCはフィンランド、Bは韓国である。この調査は、東大の社会情報研究所(橋元良明研究室)が、日本は早稲田大学、韓国は高麗大学、フィンランドはヘルシンキ大学の学生を対象に行ったものだ。
日本の学生たち(1)の「ほとんどの人は他人を信頼している」という学生は29%、(2)「ほとんどの人は基本的に善良である」が38%。(3)の「この社会では気をつけないと誰かに利用される」という不安を持っている学生は80%を超えていた。
この学生たちの内面をどのように分析すればいいのだろうか。対象は18歳から24歳までの学生であった。子どもの頃から、競争の中で生きてきた若者たちである。
現代の日本の新自由主義が数十年かけて「育てた」若者たちの「心象風景」といってよいのかもしれない。
「競争と格差」という言葉で象徴される新自由主義がつくった教育現場の実態を、もう少し詳しく見ていきたい。