2024年4月20日(土)

子ども・家庭・学校 貧困連鎖社会

2012年5月25日

 コミュニティづくりの場はまず、学校である。ところが現在の学校は、新自由主義的な競争の場と化し、連帯や協同とは縁のない存在となっている。そんな子どもを取り巻く状況が、この小論の先頭にあげた大学生の心象風景をつくっているのではないか。

 イギリスの疫学者のR.ウィルキンソン(ノッティンガム大学)が「格差が大きい社会ほど健康状態の悪化や暴力がより一般的」という主張を「不安・うつ」「社会の分裂・信頼(女性の地位を含め)」「薬物、アルコール依存など精神疾患」「平均余命」「乳幼児死亡率」「肥満」「子どもの学力」「10代の妊娠」「殺人」「収監率」「社会移動」などの調査資料で立証して大きな話題になった(邦訳 『平等社会』 東洋経済新報社,2010)。

 多くの研究がアメリカの格差の大きさと社会の暴力性(信頼度の低さ)について語っているが、ウィルキンソンの研究は格差と社会病理について詳細にまとめたものだ。

 世界中で、格差が若者たちの心の中に自己不安や攻撃性を生んでいる。若者たちの居場所が新自由主義と競争の中で壊されている。他者とのコミュニケーションは若者たちにとって自己不安や攻撃性ではなく、他者への優しさ、寛容性を生むのである。

フィンランドの学生たちの社会に対する信頼

 最後に、冒頭の調査に戻りたい。

 日本の学生に比べ、なぜ、フィンランドの学生は社会や他者に対する信頼が大きいのだろうか。いくつかのヒントを示したい。

 「フィンランドの強い競争力と高い生活水準は個人の努力と自己開発を動機づけ、同時に公的な支援も提供する、北欧型福祉社会に基づいている。民主主義、人権に対する敬意、法治国家の原則と優れた政治が社会の堅固な基盤である。国と自治体は、社会福祉と保健、教育と研究に不可欠な役割を果たすが、市民自身が様々なNGOを組織し、サービス提供者としての役割を通じて制度に活力を与えている」

 これは『フィンランドを世界一に導いた100の社会改革』(公人の友社,2008年)に寄せたフィンランド大統領タルヤ・ハロネンの刊行の辞である。具体的に、フィンランドが1990年以来進めてきたソーシャル・イノベーションのいくつかを紹介したい。

(1)フィンランドの児童の「読解力世界一」を保障した図書館サービスと教育方法について、決定権が地方へ委譲されていること
(2)すべての教育は無償であり、教育水準に格差がないこと。したがって大学はじめ学校間に格差がない
(3)フィンランド社会では国民の8割がNPO、NGOに参加し、他の北欧の国々同様、市民の社会参加意識がきわめて強い
(4)農作業などにボランティアで参加する市民が多い

 フィンランドは1990年、隣国、旧ソ連の崩壊時に大きな経済危機に見舞われた。その時にフィンランドがとった道は「平等な社会づくり」だった。その手段がすべての国民に平等な教育を保障するためのソーシャルイノベーションだった。全社会的な規模でのイノベーションが、フィンランドの大学生の[ほとんどの人は他人を信頼している]74%、[ほとんどの人は基本的に善良である]83%という驚くほどの社会に対する信頼度を生んだのである。

(記事内図表は、筆者調査にもとづき作成)

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