このような混沌の時代においては「多面的」な備えこそが重要であり、防衛予算の総額を上げることだけが最適解とは言えない。
国家レベルでみれば外交力が重要である。米国以外のG7諸国や豪州、韓国との協力関係の構築は言うまでもなく、インドネシアなどBRICSに惹きつけられているグローバルサウス諸国が重要だ。欧米流に最初から高いハードルでの協力を求めるのではなく、例えばアジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)が好例だが、各国の発展段階に応じた協調を促進していく仕掛けが必要となろう。秩序の総崩れを防ぐためには相手を選り好みすべきではない。
徹底すべき「米国分析」
政府に加え民間の力も必要
しかし、米国との付き合い方こそ何よりも今見直すべきと、ここでは主張したい。まず企業だ。日本には米国に対するインテリジェンス機能とロビイング活動の強化が必要だが、まずはインテリジェンスである。
1990年代までの日米貿易摩擦期には官民挙げて米国情報を分析したものだが、喉元過ぎれば熱さを忘れるとはこのことで、米国を知る人材は先細ってきた。マネジメント層は高額なコンサルタント料を米国企業に払っているが、足元に十分な調査能力や情報を生かす体制が整っていなければ意味がない。
経済安全保障への対応に力を注ぎ始めた大手企業も多いが、問題はルールへの対応だけでなく、それを生み出す政治のダイナミクスを広く分析する力が不足していることにある。地政学の時代にあっても、依然として超大国であり、各国に新たな対応を生み出す原因でもある米国にまず焦点を当てなければならない。日本社会は米国分析の難しさを理解してこなかったようにもみえる。産官学それぞれのセクターに、〝筋金入り〟の米国のプロを育てる仕組みが急務である。
同時に、米国との関係をより強固なものにしていく働きかけも欠かせない。バンス副大統領のように次を狙う政治家も視野に、共和党や民主党といかに日本は付き合っていくのか。それを理解するためには、彼らの根底にある新たな思想的潮流も把握する必要があるだろう。
くわえて、今年春に鬼籍に入った元米国務副長官のリチャード・アーミテージ氏やハーバード大学教授のジョセフ・ナイ氏のような同盟重視派の次世代にも、知日派の裾野を広げていく必要がある。たしかに、米国政治は極端な考えに振り回され始めているが、専門家サークルとの強固なつながりは中軸にできる。こうした米国とのパイプづくりは元々は政府の仕事だったが、裾野を広くつくるには民間の力が不可欠だ。
このように考えると、企業や政府の力を糾合して、米国をしっかりと見据え、分析力と人材育成力をもち、さらに太平洋をつなぐようなシンクタンク組織を作り出すべきだろう。新興国や権威主義国も重要な「相手」だが、米国は未だ変わらず、最も重要な「パートナー」なのだ。
