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Wedge OPINION

2022年8月30日

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佐橋 亮 (さはし・りょう)

東京大学東洋文化研究所 准教授

1978年生まれ。国際基督教大学卒、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。オーストラリア国立大学博士研究員、米スタンフォード大学客員准教授、神奈川大学法学部教授などを経て、19年より現職。専門は国際政治学。著書に『米中対立』(中公新書)など。

安倍元首相の遺志を継ぎ、岸田首相には「自由」な世界の実現に向け力強いビジョンを語ってほしい (AFP/AFLO)

 プーチン大統領の号令一下、突然に始まったロシアのウクライナ侵攻は、「暴力と無法行為があふれる国際政治ではありふれたことだ」と皮肉交じりに語ってよいようなことではない。何重もの意味で、この暴挙は私たちが生きている、この世界を足元から揺さぶっている。

 30年ほど前に訪れた冷戦終結後の世界は、ロシアと中国が主要7カ国(G7)に代表されるような、自由と民主主義、市場経済を重視する国に、歩みは遅くとも近づいてくるという前提のもとに組み立てられたものだった。中露両国も、経済のために欧米の思い込みに合わせてみせた。この15年ほど、プーチン氏の発言やグルジア(ジョージア)、クリミア半島における行動、自信を深めた中国の海洋進出によって、そうした前提に多くの疑問符が投げかけられてきた。とくに習近平政権の強権化と成長の前に、米国の対中戦略が近年急速に変化してきた。

 しかしそれでも、侵攻によって法の支配、領土の一体性に正面から挑戦したロシアの決定ほど、明確な形で、前提を崩したものはない。ロシアとの関係を容易に崩せない中国だが、ロシアのあまりに粗暴な戦場での振る舞いに眉をひそめ、どうにか距離を取ろうとしているほどだ。

 今の世界を貫くものは、大国間の不信だ。欧州、米国とロシアの間の不信はあまりに根深い。泥沼化しつつある戦争が休止することがあっても、欧米、とくに欧州のロシア不信は長期的に解消される見込みはない。北大西洋条約機構(NATO)は、フィンランド、スウェーデンの加盟問題で一歩前進し、また即応態勢を強化しているが、このような古典的な同盟強化が中東欧の加盟国の求めに応じて、さらに強まるだろう。

 米国と中国の相互不信も変わらない。米国政府は軍事、経済・科学技術にわたり、中国を牽制するだけでなく、その成長を鈍化させようと矢継ぎ早に政策を打ち出しており、中国も米バイデン政権への楽観はすでに捨て去っている。足元の物価高に対処するため、バイデン政権は習近平政権との対話の雰囲気をこの春以降につくろうとしてきたが、米議会の強硬論やペロシ下院議長の訪台に激昂する中国の前に、むしろ行き詰まっている。

 異なる政治体制の解決を将来に先送りし、グローバル化する世界における国際協調の力を信じようとした時代は、終わった。それは簡単に取り戻せるものではない。不信の解消を図ることは、もちろん長期的な課題として残されているが、今何より必要なことは、ロシア・ウクライナ戦争を食い止め、戦争の連鎖を防ぐために、民主主義、人権、法の支配などの価値観を尊重する国々が連帯し、野心を持とうとする者たちを制することだ。そのためのパートナーは、真っ先に米国と欧州、またアジアの民主主義であることは言うまでもない。

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