2022年10月8日(土)

21世紀の安全保障論

2022年4月10日

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小谷哲男 (こたに・てつお)

明海大学外国語学部教授

日本国際問題研究所主任研究員を兼任。専門は日本の外交・安全保障、日米同盟、インド太平洋の国際関係。主な共著に『アジアの国際関係―移行期の地域秩序』(春風社)など。
 

 2月24日にロシアがウクライナに侵攻した。独立派が支配を続ける地域の「解放」を目指すだけではなく、隣国の首都の制圧をも目指すというこのようなあからさまな力による現状変更は、おそらく1990年のイラクによるクウェート侵攻以来であろう。湾岸危機では、国連安保理決議に基づいて組織された多国籍軍がイラク軍をクウェートから撤退させた。しかし、ウクライナ戦争では、拒否権を持つロシアが当事国であるため安保理が機能せず、国連の集団安全保障の限界が露呈した。

中国はロシアの失敗を教訓に、台湾有事では航空優勢の確保を図るだろう(AP/AFLO)

 また、米国および北大西洋条約機構(NATO)加盟国はロシアとの核戦争を恐れて直接的な軍事介入の可能性を早々に否定した。ロシアによる核戦争の脅しが、米国および同盟国の介入を抑止したのである。双方に壊滅的な破壊をもたらす核戦争を引き起こす能力をもった勢力が対峙するとき、核戦争への拡大を相手が避けることが期待されるため戦略的安定性が成立するが、逆説的に通常戦力による攻撃が起こりやすくなる。この「安定・不安定パラドックス」は、ロシアが米国やNATOの介入を恐れることなくウクライナへの侵攻を決断した要因の一つであると考えられる。

 米国が戦争防止のために何もしなかったわけではない。米国は、開戦前からロシアによる戦争の準備や世論工作に関する機密情報を積極的に開示するとともに、同盟国と連携しながら厳しい経済制裁のパッケージを用意し、ロシアに侵攻を断念させようとした。結局、新たな情報戦や制裁の脅しは侵攻を防ぐことはできなかったが、その正当化を困難にし、欧米だけではなく広く国際社会がロシアに対する厳しい制裁を行う土台を作り上げることには成功した。また、西側諸国によるウクライナへの軍事支援は、ウクライナ軍が予想以上に善戦を続けられている理由の一つとなっている。

 この戦争が改めて示したことは、力による現状変更はどれだけコストが高くても、現実に起こり得るということである。アジアでいえば、北朝鮮による韓国への侵攻、そして中国による尖閣諸島あるいは台湾への侵攻は、現実的なシナリオとして再認識されるべきであり、これらを抑止し、抑止が崩れた場合は対処しなければならない。とりわけ、日本では台湾有事に関する議論が十分に行われてこなかった。

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