ウクライナ戦争を見て台湾有事で中国はどう動くか
2021年3月に米デービッドソン前インド太平洋軍司令官が「6年以内」に台湾有事が起こる可能性があると指摘したことを受けて、今では日本でも台湾有事への関心が高まり、政府にとっても優先課題となっている。しかし、20年代後半に予想される中国の習近平国家主席体制の長期化や、人民解放軍の揚陸能力および核戦力の増強、米中の経済力が逆転する可能性などを考えると、むしろ30年代が「危機の10年」になるというのが現在では主流の見立てとなりつつある。
では、ウクライナ戦争は台湾有事の見通しにどのような影響を与えるのか。まず、西側諸国がロシア中央銀行の海外資産凍結など予想以上に対露制裁で足並みを揃えたため、中国としても台湾侵攻時に国際社会の反応をさらに警戒しなければならなくなるであろう。しかし、世界経済における自らの比重がロシアより大きく、中国は台湾に侵攻しても国際社会で孤立することはないと考えるかもしれない。実際、対露制裁にはインドや、シンガポールを除く東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国が加わっておらず、「台湾海峡の平和と安定の重要性」についてもこれらアジア諸国は言及を避けている。
このため、中国は侵攻を行う前に国際的な世論工作により力を入れ、自らの行動を正当化しようとするであろう。だが、この場合も米国の情報戦によって実態をさらされる可能性は否定できない。そうなれば、西側諸国が「台湾海峡の平和と安定の重要性」を求めて台湾への支援を強めることになり、結果として台湾の国際社会における存在感が高まることになる。このため、中国は台湾への武力侵攻についてさらに慎重にならざるを得ない。加えて、ウクライナ側が戦力で勝るロシア軍に対して善戦し、侵攻を受ける側の抵抗を過小評価できないことが示されたことは、中国が台湾への侵攻を決断する際に無視できない要素であろう。
一方、すでに述べた通り、ロシア側の核の威嚇によって米国およびNATOは核のエスカレーションを恐れて直接的な軍事介入を抑止されたといえる。同様に、中国が急速に核戦力の増強と運搬手段の多様化に取り組む中、米中間に相互の脆弱性に基づく戦略的安定性が成立すれば、「安定・不安定パラドックス」により台湾有事が発生し、米軍の介入も抑止される可能性は否定できない。また、ロシア側は非戦略核や生物・化学兵器の使用も検討しているとみられるが、仮にロシアが大量破壊兵器の使用に踏み切っても米欧がエスカレーションを恐れて軍事的懲罰を加えなければ、台湾有事でも中国がこれらを使用する敷居が下がるかもしれない。
加えて、ウクライナ戦争でロシアが首都を数日で制圧するのに失敗した要因には、ロシア軍側に通信や補給、練度および士気の面で問題があったことが挙げられる。特に、ウクライナの防空システムの無力化に失敗したことが、作戦全体の遂行を困難にした。台湾有事において中国が航空優勢を確保できなければ、上陸作戦は実施できないであろう。
とはいえ、中国がロシアと同じような失敗をするとは考えにくい。むしろ、中国としては今回のロシアの失敗を繰り返さないよう、その教訓から戦略や作戦の見直しを図ると考えられる。とりわけ、緒戦において精密誘導兵器による台湾の防空システムの無力化に力を入れるであろう。また、台湾の航空優勢確保に貢献するとみられる自衛隊と在日米軍の防空システムへの攻撃も行う可能性が高まる。
以上のように、ウクライナ戦争を受けて、中国は国際社会からの制裁や台湾の抵抗を考慮し、台湾侵攻に関してより慎重にならざるを得ないだろう。しかし、それでも中国が侵攻を決断した場合は、核抑止力や精密誘導兵器の活用により、中国側に有利に作戦が進む可能性は否定できない。