旅と読書、そして家族愛
私はこれまで、世界116カ国を旅してきた。旅は私にとって、人生の修行場であり、癒しの時間でもあった。
病床に伏していても、心の中の旅は終わらない。
カリブ海の陽光、スイスの湖畔、アマゾンの熱気――ページをめくるたびに、旅の記憶が蘇る。読書は私にとって「動かない旅」であり、魂を自由にしてくれる時間である。
そして、どんな痛みの夜も、心の支えとなったのは家族の存在である。
病室に訪れる息子や娘、ビデオ通話で笑顔を見せてくれる孫たち。その一つひとつが生きる力になった。
医師の言葉にもあったが、「家族は第二のがん患者」である。彼らの心にも不安と緊張がある。その意味で、緩和ケアは家族へのケアでもある。家族が安心して患者を支えられる環境が整うことが、結果として患者の回復にも繋がるのだ。
コミュニケーションの力
がん治療で最も重要なのは「医療者との信頼関係」である。
主治医、看護師、理学療法士、薬剤師、栄養士――それぞれの専門家が一人の患者のQOLを支えてくれる。
私は毎回の診察で、疑問点をすべて質問するようにしている。痛みの原因、薬のタイミング、副作用の出方、食事の影響……どんな小さなことも、率直に伝える。
この「対話の積み重ね」が、がん治療を前向きな営みへと変える。医療者と患者の信頼は、まさに“見えない薬”である。
終末期を恐れず、今を生きる
ステージ4という現実を突きつけられたとき、人は否応なく「終わり」を意識する。だが、私はこの病を通じて、むしろ「今この瞬間をどう生きるか」という問いに向き合うようになった。
終末期ケアは“死を待つ準備”ではない。“生を締めくくる設計”である。
自分がどのような治療を受けたいのか、どんな最期を望むのか。それを明確にし、主治医と共有することで、不安は静かに薄らいでいく。
私はまだ終末期ではない。だが、人生の終盤に差しかかっている今だからこそ、心の整理を少しずつ始めている。
「死を恐れず、今を輝かせる」――それが私のがんファイターとしての信条である。
QOLとは、愛と誇りの総和である
緩和ケアの本質とは、「生きる力を取り戻すこと」である。それは単なる医療技術ではなく、人間としての尊厳を守る哲学であり、支え合う文化である。
私は、旅を夢見ながら、読書に没頭し、家族の笑顔に癒されながら、今日もリハビリルームに向かう。
歩けるということ。話せるということ。痛みが少し和らいだ朝にコーヒーを味わえるということ――その一つひとつが、かけがえのない幸福である。この連載を通じて、がんと向き合う多くの仲間たちに伝えたい。
「がんファイター」とは、戦うだけの存在ではない。痛みを受け入れ、心を整え、愛する人たちとともに生きる勇気を持つ者である。私はまだ、旅の途中である。
次の目的地は未定だが、心のコンパスはいつも北を指している。
生きるという航海は、終わるまでが美しい。
