柏市が選んだ戦略と
これから生じ得る「格差」
では、成田さんの言う「今の工法」とは何を指すのか。
「積水化学工業の、『SPR工法』です。管自体を交換するのではなく、既設の管の内側に更生管を巻き、モルタルで固めるのです。わかりやすくいえば、下水道管の中にもう一つの下水道管を新たにつくるようなものです」
こう教えてくれたのは、柏市上下水道局下水道工務課副参事の小泉雄司さん。この技術により、下水道管の寿命はさらに50年延びるという。
だが、柏市の管の全長は約1300キロ・メートルあり、東京から奄美大島くらいの距離に相当する。どの管から更生を図るべきか、その優先順位を判断することは至難だ。
「そこで、民間からの発案で開発したのが『劣化ハザードマップ』です。道路の条件や地形などのデータを抽出し、腐食など劣化リスクの高い場所を可視化することで、今後の計画に生かしています」
なぜその実現に至れたのか。柏市は全国で初めて、下水道管の点検や調査、設計・改築をパッケージとして、23社からなる共同企業体(JV)を相手に包括的民間委託を導入したのだ。前出の成田さんや大河原さんも、そのJVの一員である。
小泉さんは「私たち『官』の力には限界があり、『民』の力を頼るほかない」と話しつつも、次のような課題感を明かしてくれた。
「規模の小さな自治体であれば、業者間の衝突も少なく、包括委託を導入するハードルも低いかもしれません。ただ、そこに大手企業が加わる望みは薄いでしょう。
そもそも、大手企業の人手も足りていない上に、彼らも当然、収益を確保する必要がある。そうすると、より財政規模の大きな自治体の案件を優先的に引き受けることになる。その結果、SPR工法などの新たな技術開発は都市部に集中していくことになります。
柏市では偶然にも、事業者側から様々な企画提案があり、私たちのフィールドで実証実験を重ねてくれ、それがうまく機能した。とてもありがたいケースだった」
前出の大河原さんも、同様の懸念を示した。
「国は今、小規模の自治体に対して広域化や連携を促していますが、人手も予算も不足する中、具体的なプランを考える余力が小規模の自治体に残っているのか、疑問に思います。
大きな自治体や連携に成功した自治体に『我先に』と企業が集まれば、下水道の老朽化問題に〝格差〟が生じてくるでしょう」
さらに、水道管にはない、下水道管特有の課題もある。
「水道管は地震や道路からの振動など『外的要因』による破損が生じやすい傾向にありますが、下水道管はそれに加えて『内的要因』による劣化が特徴的です。だからこそ、劣化の予測を立てることが難しく、AIなどの活用もなかなか進展しないのです」(小泉さん)
国土交通省によれば、02年以降の20年間で、下水道行政の職員は約4割減少している。民間の人材も、「どの地方に行っても新しい顔はあまり見ない」(大河原さん)。
「手を動かす人」がいなくなる中、日本の地下空間で起こり始めている〝静かな危機〟に真剣に向き合うべき時が到来している。
