景気とは無関係な「国家戦略需要」の台頭
ここで読者の中には、こう反論する方もいるだろう。
「しかし、世界経済はリセッション(景気後退)入りするのではないか? 欧米の金利政策の影響や中国の不動産不況を見れば、需要が減退し、価格は上がらないはずだ」。
従来の経済学、あるいはコモディティの教科書であれば、その通りだ。
だが、私が警鐘を鳴らすのは、現代のレアメタル市場において、その教科書がもはや通用しなくなっているという事実だ。
なぜなら、これからのレアメタル需要を牽引するのは、景気の良し悪しに左右される「民需(スマホや家電)」ではなく、国家の存亡をかけた強烈な「戦略需要」だからである。
具体例を挙げよう。
第一に、「AI(人工知能)とデータセンター」である。生成AIの爆発的な普及に伴い、データセンターの電力消費量は指数関数的に急増している。これを支えるための送電網には大量の銅が必要であり、冷却システムや再エネ設備、そして高性能半導体にはガリウム、タンタルといったレアメタルが不可欠だ。
これは単なる技術革新ではない。AI覇権を握ることは、次の時代の覇権を握ることと同義だ。だからこそ、たとえ不景気だろうと、国家と巨大テック企業はこの投資を止めない。むしろ加速させる一方だ。
第二に、最も深刻な「軍需・宇宙産業」である。ウクライナ戦争の長期化、中東情勢の緊迫化、そして台湾海峡のリスクを受け、世界各国は防衛費をGDP比2%超へと引き上げている。
ミサイルの誘導装置、戦闘機のジェットエンジン、ドローンの高性能モーター、徹甲弾の弾芯。これらを作るには、チタン、ニッケル、コバルト、タングステン、そしてレアアースが大量に必要となる。
平和な時代にはハイブリッド車や家電に使われていた金属が、今は兵器へと吸い込まれているのだ。私が知る限り、軍需向けの引き合いはかつてないほど強く、価格を度外視してでも確保しようとする動きが出ている。
第三に、「脱炭素の強制力」だ。EV販売の伸びが鈍化したとはいえ、欧州や米国の環境規制が完全に撤回されたわけではない。内燃機関から電動化へのシフトは、可逆的なブームではなく不可逆的な政策だ。
これら「デジタル」「安全保障」「グリーン」の三本柱は、いわば国家の生存本能に基づいている。景気が悪いからといって、国を守るための戦闘機作りを止める国はないし、エネルギー安全保障を放棄する国もない。
世界経済が分断され、ブロック化が進む中、各国は「経済合理性」よりも「自律性」を重視し、資源の囲い込みに走る。この構造的な需要の強さが、先述した「供給の崖」と正面衝突するのが、2026年というタイミングなのである。
