――その頃読んだなかで、特に印象に残っている作品はありますか?
佐々木氏:この全集の中で最も忘れがたいのが、小学校の3~4年生の頃に読んだ『日向が丘の少女』(ビョルンソン著)。非常に牧歌的な日常の中で、少年と少女がほのかな恋心をもちながら成長していくというノルウェーの話です。淡々としていて、これといったドラマチックな出来事が起こるわけでもないのですが、それが子ども心には大変響くんですね。こういう平穏な中のドラマのようなものが、実はおもしろいということを、この小説で初めて知りました。
また、同じ頃に読んだのが、『世界名作推理小説体系』(東京創元社)という推理小説全集。こちらは多分父親が自分の趣味で買っていたのでしょうが、少年探偵団とか子供向けの怪盗ルパンやシャーロック・ホームズなどと同じ類のものが本棚にあるじゃないか、と気づいたわけです。
読み始めたら、ハードボイルドとか、悪人が主人公の小説とか、それまで読んだことのないものばかりで、大人の世界を覗いて見たような感覚があって、すっかり虜になりました。
中でも印象に残っているのが、『ロシアから愛をこめて』(イアン・フレミング著)。007ですね。ちょうどこの頃に007シリーズの映画が始まり、父親に映画館へ連れて行ってもらったのですが、この作品は映画館では観ていませんでした。これを本で読んでみると、ソ連のKGBの女スパイとジェームズ・ボンドが騙し合いをしながら、だんだん惹かれあっていくというお色気いっぱいのもので、「これはおもしろいわ」と思ったわけです(笑)。