「その他」の国としての生き方
米国と中国、二つの大国がその他の国々を引き離して圧倒的な実力を有している。では、「その他」となった我々日本はどのように生き延びていくべきか。
米中のどちらの陣営に属するか。話はどうしてもそこに向かいがちだが、問いの立て方が間違っている。
日本やグローバルサウスの国々がやるべきは、米中どちらのAIも使いながら、どちらからも離脱できる状態をあらかじめ作っておくことだ。自立はできないが、隷属もしないのであれば、他に道はない。
言ってみれば、コウモリの生き方である。コウモリという言葉には卑屈なイメージがつきまとう。だが、AI競争の中でコウモリとして生きるには、相応の努力と技術力が要る。どちらかのモデルを活用しつつも、いざという時には乗り換えられる準備をしておくのは簡単な話ではない。
日本に拠点を置くスタートアップ、Sakana AIのAI「Fugu」はユニークだ。Qwenを指揮官とし、海外の有力AIを組み合わせることで、最先端AIに匹敵する性能を実現したと発表している。本当にそれだけの性能が実現したのか筆者は確認できていないが、ゼロからAIを作れない国の反抗として考えるとアイデアは面白い。
WAICOに加盟するグローバルサウスの国々とて、何も中国への隷属を選んだわけではない。中国のAI外交を利用して国益を得ようと考えている。
米中の狭間で自立的な選択肢を得ようとしているのはどの国も同じだ。欧州など他の先進国がWAICOに加盟し、中国との連携を模索する可能性は十分に考えられる。
中国主導といえど、国際組織を標榜している以上、加盟国となれば中国もむげにはできないだろう。AIの国際的ルール作りや技術標準の形成に影響力を発揮できる可能性はある。
AIの重要性が増す中、「その他」の国としていかに戦略的な自由を勝ち取るのか。中国憎し一辺倒では生き延びられない。二強に並ぶAI大国になることは難しい。せめて、コウモリとして生き抜くための努力と技術力を手に入れなければならない。
