2026年8月23日(日)

オトナの教養 週末の一冊

2026年8月23日

 1300年前の記録が、いま蘇る。

 2026年夏、奈良県の飛鳥・藤原地域がユネスコ世界文化遺産に登録され、飛鳥寺跡、山田寺跡、藤原宮跡など、古代日本の中枢を担った遺跡群が国際的にその価値が認定された。

 この地域が特別なのは、単なる「遺跡の集積地」ではないからだ。今から約1300年前に編纂された『日本書紀』に記された記述と、現代の考古学的発掘成果が驚くほど一致している— そんな極めて稀有なエリアでもある。つまり、文献と土の中の証拠が、同じ歴史を指し示しているのだ。

 ところが、その『日本書紀』には、私たちが知らない「もう一つの日本史」が眠っている。神社や寺院の創建をめぐる謎、天皇家と渡来人の知られざる関係、そして「神の祟り」と疫病の記録。神道学者・三橋健が編んだ『日本書紀に秘められた古社寺の謎』(ウェッジ)は、その深層に鋭く迫る一冊だ。

牽牛子塚古墳

飛鳥寺と山田寺— 世界遺産候補地に刻まれた「権力の痕跡」

 飛鳥・藤原の構成資産には、飛鳥寺跡や山田寺跡が含まれる。これらはいずれも、『日本書紀』に建立の経緯が克明に記された寺院だ。

 飛鳥寺は6世紀末、蘇我馬子が物部氏との武力衝突に勝利した後、「勝利させてくれるなら寺塔を建てる」という誓願のもとに造営された、日本初の本格的寺院である。百済から招いた技術者が瓦を焼き、仏舎利が心礎に納められた— その記録は『日本書紀』に驚くほど詳細に書き残されている。現代の発掘調査は、この記述を裏付ける遺構を確認している。

 一方、山田寺は大化改新の功臣・蘇我倉山田石川麻呂が建立を始めた寺院だが、謀反の疑いをかけられた石川麻呂が金堂の前で自死するという悲劇の舞台にもなった。現在、田んぼと草地が広がる明日香村のこの場所には、かつて飛鳥時代を代表する伽藍が広がっていた。礎石だけが残る遺構の静けさが、その歴史の重みをかえって際立たせる。


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