2026年8月28日(金)

プーチンのロシア

2026年8月28日

 先日、ニュースで不意に懐かしい名前を目にした。アンドレイ・クレパチ氏。ロシアを代表するマクロ経済専門家の一人である。

(yulenochekk/gettyimages)

 筆者が一度だけクレパチ氏と面談したのは経済発展・商務省マクロ経済予測局長だった2006年で、もう20年も前ということになる。その後も、折に触れて同氏の分析は参照していたが、お目にかかる機会はなかった。

 今回クレパチ氏がニュースの主役となったのは、同氏が12年間務めてきた政府系開発機関VEB.RFの主任エコノミストの座から追われる形となったからである(8月16日退任)。その原因と見られるのが、5月21日の「ニキーツキー・クラブ」におけるクレパチ氏の講演である。なお、このクラブは2000年に立ち上げられたもので、有力な研究者・専門家・実業家による比較的小規模な公開討論フォーラムである。

 ただし、5月の講演後、直ちに「炎上」したわけではなく、発火したのは3ヵ月近く後だった。8月14日に反政府系のメディアであるThe Moscow Timesが、「クレムリンの主要国営銀行で、ロシアが西側との経済的『消耗戦』に敗れると予測」という非常に刺激的な見出しで取り上げたことが、火付け役だった。

 記事は「技術・経済競争に負けている」、「ウクライナにも一部で負けている」、「ウクライナが崩壊するとの幻想」、「ロシアの社会的危機」といった、政治的に最も危険そうな部分を前面に出している。そして、15日にMeduzaなど他の独立系メディアが転載・紹介し、騒ぎが大きくなった。結局、クレパチ氏は16日にVEB.RFを去ることになったわけである。

 VEB.RFは退任理由を明らかにしておらず、本人も説明を避けているが、複数の報道は、同氏の厳しい経済・政治情勢認識がVEB.RFの公式見解と相容れなかったことが背景にあるとしている。The Bellは、VEB.RFのシュヴァロフ総裁が「上からの電話」を受けて解任したとの関係者証言も伝えており、事実上の更迭だった可能性が高い。

 この事件は外国にも伝わり、「ロシア国営銀行、対西側『消耗戦』敗北警告のエコノミストを解雇」(ロイター)といった形で日本でも報じられた。

 クレパチ氏という碩学がロシア経済に迫る危機について警告し、それが理由で国策企業から解雇されたと聞くと、「なるほど、ロシア経済は崩壊寸前で、それを隠しているのだな」と受け取る人が多い。「ウクライナに非道な戦争を仕掛けた結果、ロシア経済はもう虫の息で、プーチンも大弱り」という因果応報のストーリーを期待するのが、人情というものであろう。

 ただ、クレパチ氏の警告は、必ずしも正しく伝わっていないのではないかと感じる。筆者はクレパチ氏の講演資料原典を入手し目を通してみたのだが、イメージはだいぶ違っていた。クレパチ氏の主張は単純な「ロシア経済は崩壊する」というものではなく、むしろ一貫して「ロシア経済は驚くほど頑丈で、崩壊しない」と言っているのである。


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