実際にはクレパチ氏は何を論じたのか
改めて、アンドレイ・クレパチ氏の人となりを整理してみよう。1959年モスクワ生まれで、現在67歳。モスクワ大学経済学部を卒業、同大学やロシア科学アカデミー国民経済予測研究所で研究に従事した後、ロシア中央銀行、「発展センター」などを経て、04年に経済発展・商務省入りした。同省は08年に経済発展省に改組され、クレパチ氏は08~14年に経済発展次官として政府の経済政策立案の中枢を担った。14年から政府系開発機関VEB.RFの主任エコノミストを務めてきた。
このように、クレパチ氏は長年体制内部で要職を歴任してきた人物であり、反体制派とは一線を画す一方、政府に都合の悪い経済見通しも比較的率直に語ることで知られる。近年も低成長、技術的立ち遅れ、研究開発の弱さなどロシア経済の構造問題に警鐘を鳴らしており、「体制内の現実派・警告役」と位置付けられる専門家であった。
クレパチ氏の講演資料を紐解くと、西側制裁に対するロシア経済の耐久力自体は高く評価している。しかし制裁の規模は拡大し続け、それに適応する一方で損失も蓄積していると強調する。
25年、26年と成長率は急低下し、これは事実上の停滞である。米国だけでなく、戦争相手であるウクライナよりも低い成長率になる可能性があり、これをクレパチ氏は長期的な対抗関係における重大なリスクと見ている。
講演の中で特に目立っているのは、ロシア中銀による高金利政策に対する批判である。質疑応答の中では、現在の中銀指導部はインフレ抑制を絶対視する「教条的」な発想に陥っており、中銀指導部が交代しない限り何も変わらないとまで述べている。
クレパチ氏は、ウクライナ戦争がすでに大祖国戦争より長期化し、双方が相手の経済そのものを攻撃する段階に入ったと指摘する。港湾、石油・ガス、化学、物流インフラへのウクライナ軍の攻撃による損失は増加しており、すでにロシア経済の成長にとって目に見えるマクロ経済上の障害になっていると評価している。
なお、上述のとおり、この講演は5月に行われたものであり、その後ウクライナによる攻撃が激化していることを思えば、この要因に関するクレパチ氏の危機感は現時点ではより深まっていることであろう。
