テクノロジー面についても、クレパチ氏は全面的な悲観論ではない。ドローンやマイクロ・無線電子産業の増産など、一定の技術的変化や飛躍は起きていると認めている。しかし、R&D支出の国内総生産(GDP)比は米国、中国、欧州連合(EU)の4割程度にすぎない。
政府は30年までにR&D支出をGDP比2%にすると掲げるが、予算にはそれを実現する裏付けがなく、民間企業も停滞下で研究開発費を削っている。この状態をクレパチ氏は「未来への節約」と呼び、これでは世界の科学技術競争に勝てないとしている。
講演では、クレパチ氏は悲観論に終始するわけではなく、明確な処方箋を示している。第1に政策金利を大幅に引き下げること。第2にVEBなど開発機関へ年間0.8兆~1兆ルーブル程度を資本注入し、「長期資金」を供給すること。第3に、中央銀行の外貨準備を発展目的に活用すること。クレパチ氏が政策思想としては非常に開発主義・産業政策志向であることが伺える。
質疑応答で漏れた本音
このように、5月21日のクレパチ氏の講演そのものは、経済テクノクラートらしい政策論だった。マクロ経済・財政・金融の問題を論じ、それに対する政策的な処方箋を示す趣旨である。
「気骨のある学者が、ロシア経済の崩壊を警告し、それを回避するため戦争反対を直言した」といったものではない。むしろ、少なくとも表向きは、ロシアが勝つ国になるにはどうしたらいいかを、経済専門家の立場から論じたものだった。
ただ、基調報告に引き続き、質疑応答が行われ、その中でクレパチ氏の本音がよりはっきりと漏れたような形だった。マスコミで取り上げられたような刺激的な発言の多くは、質疑応答の中で発せられたのである。
質疑応答で、「蓄積している問題の中に、経済を本当に深刻な状況へ導きうるような臨界点はあるのか。たとえば投資や財政赤字なのか」と問われたクレパチ氏は、「経済そのものについて言えば、そのような臨界点はない。我々が経済に何をしようと、経済は生き残る」と答えた。
しかし、クレパチ氏によれば、問題は「生存」ではなく「相対的後退」である。投資は減少し、生産性上昇も弱く、ロシアは技術・経済競争で中国と米国だけでなく、「ある面ではウクライナにも負けている」。
クレパチ氏によれば、ウクライナは経済の一部を破壊され、人口面でも惨状にあるが、西側から巨大な金融支援を受けて経済を維持している。そのため、「この消耗戦で我が国は競争に勝てない。向こうではすべて崩壊するという幻想があるが、崩壊しなかったし、これからも崩壊はしない」。
クレパチ氏いわく、「ロシアが崩壊するとは思わない。しかし社会的危機に至ることは、ほぼ確信している。経済的に崩壊はしないが、ロシアの立ち遅れは拡大していく」。医療の質の低下、科学技術の立ち遅れ、不平等拡大などが累積しており、社会的危機が「誰も予想しない時に」起こる可能性がある。実際、1917年の2月革命や、91年のソ連崩壊のような前例がある。
クレパチ氏はロシアの統治能力の問題にも言及した。いわく、ロシアの経済運営の質は、ほぼ恒常的に劣化しており、皮肉なことに「特別軍事作戦」の数年間にも改善するどころか悪化した。08~10年と比べれば、財務省を例外に、ほとんどすべての省庁で桁違いに悪くなっている。それでも経済が生き残っているのは政府の優秀さではなく、企業や人々の生命力が強く、政策にかかわらず、あるいは政策に逆らってでも必要なことをしているからだ。
