デジタルの時代 きれいにまとめない宿題が一つくらいあっていい
2026年の日本では、少子化や教育格差、教師の多忙化に加えて、生成AIが学びのあり方そのものを変え始めている。そんな時代だから、夏休みの宿題に一つくらい、きれいにまとめなくてよい宿題があってもいい。
自由帳なら、お金も特別な教材もいらない。きれいな字でなくていい。文章になっていなくてもいい。飛行機の絵でも、ゲームの攻略図でも、近所の地図でも、好きなアニメの登場人物でもいい。途中から全然違う話になってもいい。
そして先生や親が、「なぜこれを描いたの?」と一言聞いてみる。子どもが夢中になって説明を始めるかもしれない。そこから図書館へ行くかもしれない。盆踊りで地元の祭りから歴史へ好奇心が向かうかもしれない。 お天気の観察から地球環境の未来へつながるかもしれない。途中でAIに聞いてもいい。また脱線すればいい。
生成AIが立派な感想文を書いてくれる2026年の夏だからこそ、汚い字と手書きの絵でいっぱいになった自由帳を、一冊だけ子どもに渡してみたい。
それは、人が自分の言葉で世界とつながっていくための、最も原始的で、だからこそAI時代にも強い学びの装置なのかもしれない。
少なくとも私のこころの中では、小学校4年生のあの自由帳から伸び始めた一本の線が、半世紀近くたった今も、あちこち脱線しながら世界への好奇心をつないでいる。
