スポーツが教えてくれる
非エリートたちの熱量と成長力
私は読売巨人軍(巨人)の代表を7年間務め、単純明快な野球の世界で叩き上げの若者が醸し出す鮮烈な空気に何度か触れることがあった。
そのたびに、人間は凄い、こんなにもしぶとく成長を続けていくものなのか、と若者とスポーツに教えられた。
国枝が喫茶店に現れた翌年の11年9月のことである。巨人と福岡ソフトバンクホークス(ホークス)との三軍戦で、敵方の育成選手を見た。
私は仰天した。名も知らない長身痩躯の投手がマウンドで150キロ近い速球を投げ、巨人の若い打者をきりきり舞いさせている。
──こんな選手がどこにいたのか!
私は思わずつぶやいてしまった。
育成ドラフト4巡目だという。無口そうでまだ身体を鍛え上げる途中だったらしいが、怒ったような顔をしていた。
その青年がやがてホークスのエースに成長し、育成出身選手史上初のメジャーリーガーとなる千賀滉大だった。巨人初の育成選手から抑えに駆け上がった山口鉄也を見出したときのような、新鮮な衝撃だった。
千賀はその翌年、ホークスで支配下選手登録された。右肩を傷めたり、肉離れに苦しめられたりしながら、育成ドラフト同期入団の甲斐拓也と育成選手同士で先発バッテリーを組む。私が三軍戦で見たときから8年後に史上80人目のノーヒットノーランをやり遂げ、翌年には投手三冠王を達成する。
もがき続けた遅咲きのエースである。21年の東京オリンピックでは野球日本代表として米国戦などにリリーフ登板し、金メダル獲得に貢献している。私は広島東洋カープの球団本部長・鈴木清明の力を借りて、育成選手制度を創設したことを誇りに思った。この制度は将来性のある異能異才を発掘するために、通常の支配下枠とは別枠で選手を獲得する仕組みだ。実質的な選手枠の拡大にもあたり、球界の裾野を広げることにもつながる。
「通常のドラフトで指名漏れするような選手にろくなものはいないよ」
05年に導入するとき、古いスカウトやOBたちからこう言われたものだ。彼らは非エリートの若者の熱量を甘く見ていたのだ、と私は思う。
この制度で巨人が獲得した育成1期生の山口鉄也や2期生・松本哲也は2年連続してセ・リーグ新人王を獲得している。余勢を駆って私は、巨人に「育成部」や三軍制度を導入して、「育成の巨人」を掲げていた。
育成選手の獲得には広く目配せをしていたつもりだったが、千賀の登場とメジャーリーグでの活躍は、私たちに改めて多くのことを教えてくれた。ここでは次の4つを上げる。
1.世に埋もれている才能はたくさんある。吉田松陰が残した「世に人材なきを憂えず、其の人材を用いざるを憂う」という言葉の通りだ。
2.人間の秘めた力や異能異才、成長力は、目利きのスカウトやOBたちにも容易に見抜けない。
3.育成選手の獲得や錬成指導においても、すぐにライバル球団は現れる。世界的な通信・IT企業を親会社に持つホークスは、積極的に育成手法やベースボール・オペレーション・システム(BOS)の活用手法を学びに来ていた。そうした球団同士の切磋琢磨が育成制度という「器」をより効果的なものにする。
4.あまりに単純な真実だが、努力によって才能は開花する。千賀は「GRIT(やり抜く力)」の持ち主で、育成時代に1日1000回の腹筋ノルマを必ずこなしていた。
