2026年9月8日(火)

スポーツ界の新潮流

2026年9月8日

国枝や千賀のやり抜く力
思い浮かべたある言葉

 GRITとは、困難や失敗があっても諦めずに一貫して目標へ向かい続ける能力のことだが、千賀に劣らずこの成功への特性を備えていたのが、冒頭に紹介した国枝である。

 彼は12年のパラリンピックロンドン大会で2度目の金に輝いた後、右肘の痛みに苦しみ、勝てない時期を経た。それでも日本選手団主将として挑んだ21年東京パラリンピックで3度目の金メダルを獲得する。

 さらに、全豪、全仏、ウインブルドン、全米の四大大会を制覇し、男子シングルス史上初の生涯ゴールデンスラムに輝いて、23年には国民栄誉賞を授与されている。

 あのとき、千葉の喫茶店を颯爽と出ていく国枝の姿は、さらなる高みへと向かう一瞬だったのだろう。そして、やり抜いた。

 いま国枝は42歳。「日本にはクニエダがいる」と新聞のコラムに取り上げられる存在になった。テニスの世界チャンピオンだったロジャー・フェデラーが日本人記者からこう尋ねられたという。

 「なぜ日本のテニス界から世界的な選手が出ないのか」

 すると、フェデラーは即答した。

 「日本にはクニエダがいるじゃないか!」

 国枝は、世界的プレーヤーからも敬愛される存在になったのである。

 私は編集者に国枝の大飛躍について話を聞き、名古屋の筒井宣政・陽子夫妻から教えてもらった言葉を思い浮かべた。

 筒井夫妻は「三尖弁閉鎖症」という先天的な心臓の難病を抱える次女を救うために、何の知識もないところから人工心臓の研究開発を始めた。借金を背負いながら、「東海メディカルプロダクツ」を設立して、ついに国産のカテーテル作りにたどりついた。娘は助けられなかったが、夫婦は日本人の体格に合わせたカテーテルで17万人の患者の命を救っている。東宝・WOWOW映画にもなったその筒井は私にこう告げた。

 「人は自分で考えているよりも10倍の力を持っているんですよ」

 国枝や千賀は、私たちの身体の奥にある10倍もの飛躍の力を、わかりやすい形でみせてくれているのだ。(文中敬称略)

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Wedge 2026年9月号より
日本スポーツ界の新潮流 変革の時をつかめ
日本スポーツ界の新潮流 変革の時をつかめ

大谷翔平、三笘薫、北口榛花、阿部詩、八村塁、松山英樹……。世界で活躍する日本人選手がここ最近、増え続けている。国内では、スポーツの力をまちづくりへ生かそうと、スポーツ界・民間・行政の連携も広がっているほか、新たな競技の普及も進んでいる。一方、少子化などの課題は競技人口にも影響を及ぼし始め、精神論や根性論など「昭和的価値観」の指導のあり方も見直され始めた。まさに、日本スポーツ界は変革の時を迎えている。新潮流を、日本社会へどう生かしていくか─。32年ぶりに日本でアジア大会が開催される今、その可能性を探りたい。


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