2026年9月24日(木)

脱「ゼロリスク信仰」へのススメ

2026年9月24日

水銀の健康リスク

 仮に、水銀を含む汚泥が海に流出したらどうなるだろうか。それは、過去に起こった事例から類推できる。

 かつてチッソ水俣工場で使用していた水銀化合物を含む排水が、十分な処理を受けないまま水俣湾に排出された。水銀は水俣湾の底質に沈降・蓄積し、その一部が微生物の働きなどによってメチル水銀に変換された。メチル水銀は生体内に取り込まれやすく、プランクトンに取り込まれた後、それを捕食する小魚、貝類、さらにそれを捕食する大型魚へと食物連鎖を通じて濃縮された。

 栄養段階が上がるにつれて体内濃度が高まり、湾内の魚では周囲の海水中濃度の数万倍に達する水準まで蓄積した。この魚介類を継続的に多量摂取することで、慢性的な高濃度曝露が生じた。

 経口摂取されたメチル水銀は消化管から効率よく吸収され、血中に入って全身に分布する。体内から半分が排出されるまでの「半減期」は数十日程度と比較的長く、特に脳に移行・蓄積しやすい。

 メチル水銀はタンパク質などに結合し、神経系を含む組織に障害を及ぼし、水俣病を発症した。胎児期に曝露を受けた場合には、母親の症状が軽症または無症状であっても、胎盤を介してメチル水銀が胎児に移行し、発達中の脳に影響を及ぼすことがある。

 このような水俣病の発症経路を考えると、食物を介した水銀の健康リスクが顕在化するには、①水銀が生物学的に利用されやすい形態、とくにメチル水銀となり、②それが魚介類などの食物連鎖を通じてヒトの経口摂取に至る、という過程が重要である。

 埋め立て地内の汚泥は、当時の底質除去基準に基づいて水俣湾から除去されたものであり、埋立地内では水銀の移動・溶出を抑えるための封じ込めが行われている。仮にそのような汚泥が海に流出した場合には、まず汚泥中の水銀濃度と流出量・範囲を把握し、次に水銀がメチル化され、生物に取り込まれやすい環境にあるかを確認する。その上で、魚介類中の水銀濃度を調査し、人への曝露につながる可能性を評価する必要がある。

 なお、水俣湾の魚介類の水銀について、厚生労働省は総水銀0.4ppm、メチル水銀0.3ppmの暫定的規制値を設定して、厳しく規制していた。幸い、現時点では、今回の液状化によって水銀を含む汚泥が流出したことは確認されていないため、現状で直ちに健康被害につながる状況とは考えにくい。

水俣湾と一部の魚とのダブルスタンダード

 実は、水銀は地球規模で自然に循環している元素で、火山活動などにより放出されて海洋に供給される。海水中の無機水銀はメチル水銀へと変換され、これが海洋生物に蓄積するのだが、蓄積量は種類により大きく異なる。

 例えばクロマグロ、メカジキ、キンメダイなどでのメチル水銀量は0.6ppm前後だが、バンドウイルカでは6ppm以上と10倍近い。重要なことは、これは世界中のどの海にも存在する自然の現象という点である。

 ここで多くの方が気づかれると思うが、これらの大型魚類と鯨類のメチル水銀量は、水俣湾の暫定的規制値0.3ppmを超えているのだ。にもかかわらず、禁止にはなっていない。


新着記事

»もっと見る