安心の確保ができていない
危機管理・リスクコミュニケーションの実務でしばしば議論されるのが、「緊急対応の優先順位づけ(トリアージ)」の妥当性である。大地震の直後、行政のリソースは人命救助、避難所運営、ライフライン復旧といった、より緊急性・優先度の高い対応に振り向けられるのが当然である。この局面で「まず水銀の流出がないことを確認し、致命的な安全上の懸念がないことを押さえる」ことを最優先にした判断は、合理的な危機対応行動と言える。
しかし、「封じ込めの機能に問題ない」という説明がなされたのは9月15日で、地震発生から7週間以上が経過している。発災直後の72時間から数週間は「応急対応期」だが、7週間後には「復旧・復興期」へ移行している。この段階に至っても一般住民向けの説明が行われていないという事実は、「緊急対応に忙殺されていたから」という事情だけでは説明しにくい。
一般の災害対応であれば、「まず安全確認、説明は後回し」という優先順位づけは、住民にも一定程度理解されるだろう。しかし、それは説明者と受け手との間に信頼関係がある場合に限られる。ところが水俣の地域社会には、「行政と企業が事実確認を優先し、住民への説明や被害の公表を後回しにした、あるいは意図的に遅らせた」ことによって、水俣病の被害が拡大したという歴史的経験がある。この文脈では、「安全は確認できたので、詳しい説明は落ち着いてから」という通常の危機対応が、住民にとっては「またか」という形で不信を呼び起こす契機になりやすい。
つまり、一般的な災害対応としては合理的な優先順位づけであっても、この地域の、このテーマに限っては、通常より高い水準の説明責任が求められることを念頭に置かなければならない。行政が被害者団体を重視することは当然だが、だからといって一般住民に対して十分な情報発信が行われていない現状が望ましいものとは言えない。
今回の事態を総括すると、「安全は語られたが、安心にはつながっていない」といえよう。筆者は「安心=安全+信頼」、すなわち「安全」を宣言する行政に対する「信頼」があって、初めて住民は「安心」すると考えている。そして行政は、自身が住民の信頼を得るための最も重要な手段が、丁寧で分かりやすい説明であることを念頭に置いてほしい。

