市場情報を集めることと、競争相手に自社の意思決定を預けることは異なる。公開されている他社の価格を調べることと、将来の価格や値上げ時期について相互に確かめ合うことも違う。この境界を曖昧にしてはならない。
横並びは、誰かに強制されるところから始まるとは限らない。「みんなと同じなら安心だ」という心理から生まれる。だからこそ、横並びの危うさに気づきにくい。
「業界では普通」が思考を止める
横並びが長く続くと、それはやがて「業界の常識」になる。「この業界の粗利はこのくらい」「値上げするならこの時期」「この商品ならこの価格帯」「この取引方法が普通」など、一つひとつにはもともと合理的な理由があったかもしれない。しかし時間がたつと、その理由は忘れられ、「昔からそうだから」に置き換わる。
そこで経営判断は止まる。「なぜそうするのか」を考えなくても、「業界ではそうだから」で説明が終わるからだ。これが怖い。
競合企業の成功を研究することは必要である。ただし、競合を見る目的は、自社との違いをつくるためであって、同じ答えを出すためではない。
市場とは、本来、それぞれの企業が異なる仮説を試し、その結果を顧客が選ぶ場所である。A社は値上げする。B社は商品構成を変える。C社は付加価値を高める。D社は販売方法を変える。違う試みがあるから、成功と失敗から次の学びが生まれる。
2026年1月、公取委は競争政策の運営方針として「イノベーションの促進に向けた競争政策の積極的展開」を公表し、事業者の創意工夫が最大限発揮される環境を整えることで、イノベーションを促進するとした。競争とイノベーションは別々の話ではない。
各社が同じ方向ばかりを向き、違う仮説を試さなくなれば、新しい商品やサービス、ビジネスモデルが生まれる余地は狭くなる。横並びの本当の怖さは、価格競争が弱まることだけではない。企業の「違う答えを試す力」を弱めることにある。
ヤマト運輸は生活者を見た
その逆を行った企業の一つがヤマト運輸である。1970年代前半の大和運輸は、長距離輸送への進出で同業他社に後れを取り、73年のオイルショックで経営状態はさらに悪化した。そこで小倉昌男社長が選んだのは、他社に追いつくことではなく、新しい業態をつくることだった。
目を向けたのは、当時ほとんど注目されていなかった家庭の小口荷物である。小さな荷物一つでも、自宅から送りたい。面倒な梱包を簡単にしたい。そうした生活者の不便を出発点に、76年1月20日、関東一円で宅急便を始めた。電話一本で集荷し、1個500円、翌日配達を基本とするサービスだった。
