奥田が飛び回ると、物も人も回る。睡眠時間3、4時間の奥田が、自分自身の幸せを感じるひとときはあるのだろうか。
「レストランで食事をしていてもあんまり幸せじゃないんだよね。夕暮れ時に好きなワインを飲みながら料理作って、おいしいねって誰かに食べてもらう時が一番幸せかも」
誰かを喜ばせたい。健気なまでに全身でそう思っている。自らを「根暗でオタクで超真面目で石橋を叩くタイプ」という奥田が、ミッションのためには正反対の姿を見せる。
ディナータイム。畑から朝採ったカブのムースは、カブの甘味がしっかり口中に広がり、月山筍(がっさんだけ)の生ハム巻きフリットには土の力が感じられる。オリーブオイルと塩を基調にしたシンプルな味付けで、野菜の声がしっかり届く。その声を聞いた客との会話が生まれる。驚きの顔、満足そうな顔……野菜も野菜冥利に尽きるというもの。それを眺める奥田の顔には、うれしそうでちょっと得意げな少年のような表情が浮かんでいた。
(写真・阿部吉泰)
奥田政行(おくだ・まさゆき)
1969年、山形県生まれ。東京でイタリア料理、フランス料理の修業後、2つの店の料理長を経て、2000年に鶴岡市内にイタリアンレストラン「アル・ケッチァーノ」を開業。庄内産の素材にこだわった料理が全国から客を呼ぶ人気店となる。
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