2024年7月25日(木)

「ひととき」特別企画

2015年3月20日

 そう、その樹齢1500年ともいわれる桜を描いた作品に強く惹かれ、こうしてアトリエを訪ねてきたのだ。蕾(つぼみ)のときは淡紅、満開になると白く輝き、散りぎわに独特の淡い墨色を感じさせるところからその名があるという巨桜が、画伯の細密で抒情的な筆により圧倒的な存在感として描き留められている。

 東京藝術大学日本画科卒業だが、

 「そもそも私は日本画家になろうという思いなど強くはなかったのです」

 穏やかな、人懐っこいと言ってもいい笑顔である。たっぷりした白いあごひげは満開の淡墨桜と見えなくもない。

 「学生時代のあのころ、世の中は揺れ動いていました。あちこちで論争が熱かった」

 60年代から70年代にかけて、イデオロギーという語が飛び交っていたころだ。

 「社会に向かって尖った発言のできる絵、熱くプロパガンダできる絵こそ描かなければ、と肩肘張っていました」

 ベルギーのシュルレアリスム作家ルネ・マグリットに傾倒していた。

 「大学の先生にもしょっちゅう盾を突いていました。時代を切り裂くような前衛アートを今こそやらなければいけないのに、乙に澄ました古くさい日本画なんてやってられるか、なんて。生意気な若造ですねえ。ハハハ」

 それが、プロの画家の道を歩み始めたのち日本画を意識するようになったのは速水御舟(はやみぎょしゅう)に心惹かれてからだった。明治から昭和初期に生きた日本画家、速水御舟。重要文化財に指定された「名樹散椿」など多くの傑作を生んだが、病により40歳で早逝する。

 「日本が次第に戦争へ戦争へと傾いていったころで、考えてみれば悪い時代を見ずに美を求めつづけるまま去ったのは……」

 幸福だったと思えば思えるけれど、

 「もっと生きて、さらに成熟していったらどんな絵を描いていただろう。御舟がやり残したことをやってみたい、といった気持ちも生まれてきたように思います」


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