「津軽海峡・冬景色」「天城越え」など時代を映すドラマチックな作品で名実ともに歌謡界を代表する存在となった。歌の力を信じ、伝えたい、聴かせたい歌を自らの感性で探し人々の心に届ける。歌に対する姿勢はどこまでも純粋だ。
2014年春、石川さゆりの115枚目のシングル「暗夜の心中立て」「名うての泥棒猫」と、この二曲を含むアルバム「X-CrossⅡ-」が発売された。暗夜、心中という言葉から石川の超大ヒット曲「天城越え」の延長線かと当たり前すぎる連想をして聴くと、おそらくみんな仰天する。演歌かロックかジャズか……なんて考えること自体がそもそもイケてないと感じさせるパワーに圧倒される。花魁(おいらん)言葉の古風さと斬新な感性。哀しみと激しさ。アナログとデジタル。相反するものが混ざり合って、心がザワザワと音をたてて耳や頭ではなく細胞に曲がダイレクトに沁みる感じ。作詞・作曲は、あの椎名林檎である。きっかけは11年の紅白歌合戦で、ふたりが舞台袖で出会ったことだった。
「椎名林檎さんって、独特の面白い世界を歌う人だなってずっと思っていたんです。紅白っていろいろなアーティストと一緒になれて、その年最後の最高のパフォーマンスに向かっていく緊張感があって、リハーサルを袖や客席やモニターで見るのは楽しいんです。そんな時に林檎さんを見かけて、どんな人かなと思っていたら目が合って、ご挨拶して、いつか一緒に何かできたらいいですねってお声をかけさせていただいたんです」
いつかご一緒に……という言葉は、その場限りの心地よさを残して消えることが多い。
「私、基本的に社交辞令は言えないタイプなんです。本当に思っていることを伝える。口にしたことは本当にそう願っているんです」
椎名林檎の世界と自分の世界を重ね合わせて何かを生み出したいという本気は、アルバム「X-CrossⅡ-」を制作する時に楽曲依頼という形で実現した。クロス(交差する)と命名されたアルバムは2枚目である。ジャンルという枠を外して、さまざまなアーティストと組んで新しい自分の世界を広げたいという石川の願いが込められたアルバムからは、奥田民生、菅野よう子、TAKURO、森山直太朗、宮沢和史などとの作品が生まれている。では、椎名林檎と交差することで石川が求めたものは何だったのだろうか。