2024年7月22日(月)

「ひととき」特別企画

2015年3月20日

 京都・奈良の名木はもとより、同じ岐阜県の臥龍(がりゅう)桜や荘川(しょうかわ)桜、山梨県の山高神代桜(やまたかじんだいざくら)、福島県の三春(みはる)滝桜、桜前線の終着点として知られる北海道根室の千島桜などなど、どんどん足は延びていった。美しい桜が咲くようなところはまた、いい温泉が湧いている。

 「これがまた写生の旅を癒して余りあり、なんとも極楽なのです」

 今や「桜の巨匠」として得ている不動の評価も、温泉つき花行脚の極楽も、もとをただせば美濃国の谷に時をこえてどっしりと立つ淡墨桜が始発点だったのだ。

肖像画を描き継いでいるかのように

 平成6年(1994)から25年までの19年間、母校東京藝術大学美術学部デザイン科で教鞭をとってきた(現在は同大学名誉教授)。

 教授時代、学生からスランプ対処法を尋ねられたら、「とにかくスケッチをしなさい」とアドバイスしたとお聞きしましたが……。

 「そうです。目で見て頭で考えて手で描く、その繰り返し、積み重ねで迷いや行きづまりを解いていく。とりわけ対象は自然がいい。自然は造形にしても色彩にしても、人間が逆立ちしても太刀打ちできない世界をもっている。それを描く絵というのは、もちろん二次元の作り物ですね、イリュージョンです。ですからデッサンとは言ってもただ引き写すだけでは自然に対抗できない。自然を自然のまま、自然以上に描くにはどうすればよいのかと、観察を尽くして奮闘することです」

 学生へのアドバイスといえば、こんな興味深いものもあった。

 「絵がよくなくなったら、愛想をよくするのだよ、と。愛想をよくしていれば何かの折に助けてくれる人が必ず出てくる」

 むろんこれは処世術の講義ではないだろう。おれの絵がおまえらに解ってたまるか、という傲慢を戒める忠告と理解する。表現とは「ぶる」ものでなく、気むずかしいものでもなく、粘り強くてしなやかなものなのだ。

 これまでに幾度も根尾谷に足を運んで淡墨桜を描いてきた。これからも行く。

 「証言者として、肖像画を描き継いでいるような気持ちもどこかにあります」

 1500年生きてきたといわれる老桜だが、生きているかぎり表情は変わりつづける。それに描き手の自分も変遷している。幹を前にして立つ位置が数センチ違っていても、スケッチはがらりと変わる。

 各地の桜行脚のなかで、日本人と桜との関わりの深さにつくづく思い至ることになった。華やぎ、散りかたの潔さ、といった美的鑑賞にとどまらず、たとえば稲作作業の絶妙の目安であり、季節の移ろいの心構えには欠かすことができないなど、暮らしのなかに実用的に染み込んできた木、それが日本人にとっての桜にほかならない。

 「山間に堂々と立つ淡墨桜は、美濃という美しい自然そのものの奥行きを思わせます」

 となればこれはもう、花よりもまだ雪の谷だが、老樹に会いにいざ美濃国へ。

中島千波(なかじま・ちなみ)
1945年、長野県小布施町生まれ。日本画家。東京藝術大学名誉教授。花鳥画や社会性、宗教性に富む人物画などを中心に描く現代日本画家の第一人者。

  
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◆「ひととき」2015年4月号より

 


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