「ひととき」特別企画

2015年3月23日

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 林業会社を定年退職したあとも顧問として勤務しており、毎朝、出勤前に往診する。夏は木にも酷暑のストレスがかかるから、むやみにいじらず観察に徹し、秋は肥料を施したり根の張り具合を注視したりし、冬は雪対策、などと季節により世話の内容は異なるが、四季を通じて目を離さない。

昭和42年頃の夏の淡墨桜。当時は木の周りに囲いもなく、地元の子どもたちの遊び場だった(藤原博龍=写真)

 大正時代に国の天然記念物に指定された淡墨桜だが、これまでに枯死寸前の危機を幾度か経験している。昭和23年(1948)、文部省(当時)の調査で寿命はあと3年と宣告された。その翌年、岐阜市のひとりの歯科医師が大工数名とともに、根にはびこるシロアリ群を駆除し、息も絶え絶えの残根に近くの山から採取した山桜の若根238本を根継ぎし、みごとに復活させた。だが、昭和34年の伊勢湾台風で壊滅的なダメージを受ける。昭和42年に訪れた作家宇野千代はその無残な姿に心を痛め、保護を訴えた。これが多くの人びとを動かし、老桜は奇跡のように蘇った。

桜が長生きなのはいい時代だ

 この桜の木が長寿であるのは5つの条件が満たされているから、と樹木医は言う。

 ひとつはエドヒガンという広葉樹では最も長命の樹種であること。ひとつは陽当たりがよいこと。ひとつは根の近くを清い水が流れていること。かつては水溜りとなって澱んでいたことが木の衰えを加速させた。「水は流れてナンボやからね」。ひとつは風除けに恵まれたこと。西側に位置する山並みが強風から守ってくれている。加えて5つ目は人びとが関心を持ってくれること。

 「食うや食わずの時代、あるいは戦争の時代には花なんか大事にする余裕がない。だからどんどん滅びる。桜が長生きなのはいい時代であるということやね」

 樹木医の診察は近づいて精査するだけではない。むしろぐっと引いて全体像を観察することが欠かせない。

 「根からいちばん遠い、てっぺんの枝の状態が地中の根の状態を知らせてくれる」

 てっぺんの枝が枯れていたら、それは根が不調を訴えているあかしだ。酸欠により人のくちびるが紫色になるように、葉が茶色くなるのはチアノーゼだと樹木医は診断する。

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