「ひととき」特別企画

2015年3月23日

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 不定根というものを教わった。幹のまわりが朽ちてくるとそれを糧にして出る新しい根である。自力で再生の道を探っているのだ。主治医はそれを手助けする。着地させるため導くのは竹筒だ。なかに詰めるのは籾殻燻炭(くんたん)。栄養になるものだとそこで安心して動きを止めてしまう。再生を求める根は籾殻燻炭を掻き分けさらに伸び、大地へと向かっていく。

 「この木はまだ成長しておる。正しく管理すれば、まだまだ生命をつづけるやろう」

 惨状を訴え、人びとを動かし、淡墨桜延命の恩人のひとりでもあった作家の故・宇野千代は、白寿を目前にして忘れもしないこんなにも粋な名言を遺した。

 「私なんだか死なないような気がするんです」

人間国宝とその色彩

 日光を栄養にし、大地から水を吸い、風雪に耐えて生き、季節がくればきちんと花を咲かせる。そういう樹木の生命のみなもとは色彩ではなかろうか。木という木はみな、自らの体内に絶妙な色彩を抱いている。

 と、そんな、さも分かったようなことを口走るのは長良川鉄道を使い関市に向かい、人間国宝の染織家の仕事場を訪ねて大いに感化されたせいである。

 平安時代以降、公家の夏の装束として愛され伝承されてきた繊細で雅な「紋紗(もんしゃ)」という織物がある。ただでさえ難しいその織物づくりの技術をさらに高め、独自の世界を創り上げたことで平成22年、人間国宝に認定されたのが土屋順紀(よしのり)さんだ。住まい兼仕事場は関市の閑静な住宅地にある。

桜の木のチップ(左)を煎じて糸を染める土屋順紀さん。色を汲みあげるという感覚で一番煎じの染液しか使わない

 「糸はすべて植物で染めたものを使っております」

 繊細なものと日々向き合っている人の物腰とは、かくも柔らかなものかと感心する。飾らないが優美が板についている。

 土屋さんを草木染めへと導いたのは紬織(つむぎおり)の人間国宝、志村ふくみさんだ。数かずの味わい深い織物作品を生みつづけるだけでなく、『一色一生』など随筆作品も多い。土屋さんは京都の美術学校在学中、授業の一環としてその志村さんの工房を訪ねており、また雑誌に発表された「染めと色彩」に関する文章に深く感銘していた。美術学校卒業後、弟子入りを決めるのに迷いはいっさいなかった。

 弟子入り初日のことだった。どんなことから教わるのかとかすかに緊張しているとき、志村先生が促したのはこうだった。

 「さ、お花見に行きましょ」

 ちょうど咲き初めの時期だった。春の光があふれていた。桜という木は、やはり人生の門出によく似合うのである。

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