山陽新幹線各駅停車の旅

2015年8月17日

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エッセイ1・宮島編
記憶のしゃもじ、毎日のしゃもじ

 祖母からもらった広島みやげのしゃもじには、力強く達筆な「必勝」という二文字が書かれてあった。まだぬくぬくと自適な小学生が打ち勝つべきは、うっかり忘れものをしたり、ごろんと寝そべり宿題に手をつけない、怠惰な自分より他にない。本棚に立てかけた激励のしゃもじは、次第に気の抜けた情調をまとい、離れて暮らす祖母を思い出すよりどころへと変わっていった。

 日本三景のひとつで、通称・宮島と呼ばれる広島県廿日市市(はつかいちし)厳島(いつくしま)は、世界文化遺産に登録される「嚴島神社」、島にある紅葉の名所・紅葉谷(もみじだに)にちなむ「もみじ饅頭」、それから縁起ものの「しゃもじ」で知られる。

 江戸時代に弁財天が持つ琵琶をヒントに、僧侶・誓真が考案し島民に伝えたのが平たい「杓文字(しゃもじ)」。これでごはんを食べれば福運が訪れると誉れ高く、「飯をとる」と「敵を召しとる」をかけて必勝祈願の縁起ものとしても人気を博した。それまでは飯や汁を掬いとるのに、まるい頭に柄をつけた「杓子(しゃくし)」を使うのが一般的。

 以来、世間では、飯をよそうものが杓文字で、飯だけでなく汁も掬うのを杓子と区別するが、発祥の地・宮島では、杓文字のことを杓子とか宮島杓子と言う。

 杓文字、返しヘラ、調理ヘラ、バターヘラ。我が家では、簡素で洗練されたデザインで、軽くて手なじみのいい宮島杓子職人製の調理小物を愛用している。宮島杓子といえば、合格・家内安全・必勝と、願掛け文字の印象が強く、日本の手仕事道具を集めた市で一目惚れした木製ヘラが宮島のものと聞いて意外だった。

 「宮島杓子は実用以上に飾りもののイメージが強くて。腕のいい職人が使い勝手のいい調理小物をつくるのに、願掛けの文字が入らなければ手にとられにくいのが悩ましいところです。こうして文字がなく実用性のあるものは宮島では売れない。東京まで持ってこないと難しいんです」

 自ら売り子もこなす職人さんの言葉が、ずんと響いた。

 宮島をひと巡りすると、昔ながらの店や町並みの合間合間に、新たなカフェや雑貨店が見つかる。いくつかの店では、我が家と同じ宮島杓子が並んでいたので嬉しくなった。見目よく実用的なしゃもじとヘラを、料理好きの友へのみやげに数本求めた。祖母のみやげの必勝しゃもじも、機能美が光るしゃもじも。どちらも違った趣で、それぞれのよさがある。旅は、ささやかな“気づき”の連続だ。

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