7月17日付ウォールストリート・ジャーナル紙社説は、日本の安保関連法案につき、集団的自衛権の行使は戦後日本が築き挙げてきたことを汚すものではなく、むしろ今まで以上に民主主義とルールに基づく国際秩序の維持に責任を持つことになる、と述べています。
すなわち、安倍総理は7月16日、集団的自衛への参加を認める法案の国会通過に一歩近づいた。総理は、自国または同盟国が脅かされた際に、日本が同盟国とともに戦う能力を持つようにしようとしている。
昨年7月、憲法の新解釈を閣議決定し、4月には日米ガイドラインが発表された。7月16日、法案は衆議院を通過し、論戦の場は参議院に移るが、物事は簡単には進んでいない。国民の多くが法案に反対しており、朝日新聞の世論調査では、総理の支持率は39%にまで落ち込み、不支持が42%となっている。
なぜ日本の世論はこれほど動じやすいのだろうか。ジェラルド・カーティスは、憲法をめぐる議論が人々の不安をかき立てたからだという。法案が自衛隊に何を認め何を認めないのか、総理が説明するのを拒んだために状況は悪化している。反対派は法案を「戦争法案」と呼んでいる。
だが、安倍総理が多くを語らないのは外交上ある程度仕方のないことである。米国が軍事予算の制約を受ける中で、軍事的に台頭する中国の行動はより攻撃的になっている。だからこそ、日本はフィリピンや韓国といった米国の同盟国とこれまで以上に緊密に協力する必要があるが、これらを事細かに説明するのは「野暮」である。総理が唯一集団的自衛権行使の例として説明しているのは、ペルシャ湾が封鎖された場合における米軍との共同作戦というシナリオである。
第二次大戦時の侵略につき、安倍総理はごまかそうとしたことがあり、反対派に、総理を民族主義者と描写させやすくしている。中国はこれを利用している。
しかし、安全保障における日本の役割を拡大することには、超党派的コンセンサスができてきている。2012年以前の民主党政権も、菅・野田元総理の下、同様の政策を推進してきた。