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2015年9月10日

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小泉悠 (こいずみ・ゆう)

東京大学先端科学技術研究センター特任助教

1982年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。民間企業を経た後、2008年から未来工学研究所。09年には外務省国際情報統括官組織で専門分析員を兼任。10年、日露青年交流センターの若手研究者等派遣フェローシップによってモスクワの世界経済・国際関係研究所(IMEMO)に留学。専門は、ロシアの軍事・安全保障政策、軍需産業政策など。著書に軍事大国ロシア』(作品社)、『プーチンの国家戦略』(東京道堂出版)、『「帝国」ロシアの地政学』(東京堂出版)。『ロシアの軍事情報を配信するサイト「World Security Intelligence」(http://wsintell.org/top/)を運営。

ロシアがシリアに軍事介入を始める狙いとは

 ムーヒンは、シリアへのロシア軍展開に関する欧米及び中東の報道を手際よくまとめた上で、これが単なる軍事顧問団の増強に過ぎないとするネトカチョフ少将の主張(プーチン大統領の主張に沿ったもの)を引用している。シリアの軍人の多くがロシア語を喋れるのだというネトカチョフの主張の正当性はさて措くとして(バッシャール・アサド大統領の父であるハーフィズ・アサド大統領をはじめとして、シリア軍人にソ連・ロシア留学組が多いことは事実であるが)、BTR-82A装甲兵員輸送車やSu-34戦闘爆撃機のようにロシア軍しか保有していない装備がシリアで目撃されている以上、ただの「軍事顧問」であるとする主張はかなり根拠薄弱であろう。ムーヒンは敢えてこの点に踏み込まずにお茶を濁しているが、軍事評論家である同人にもこの点はよく分かっている筈だ。

 これはこれでシリア介入に関するロシア側の立場を知る上では興味深いが、さらに注目したいのは、その狙いに関する部分である。ロシアがシリアに軍事プレゼンスを展開し、しかもそれがシリア軍と一体となってしまえば、米国は容易にアサド政権への攻撃を行う訳にはいかないとムーヒンは見ている。

 記事中でも触れられているように、米国はロシアの軍事プレゼンスが紛争の「エスカレーション」につながりかねないとの懸念を示しているが、むしろこのような懸念を惹起することこそがロシアの狙いであるのかもしれない。いうなればシリアに展開するロシア軍は単にアサド政権を支えるだけでなく一種の「トリップ・ワイヤ」(朝鮮半島で最前線に配備されている米軍と同様、同盟国への攻撃があれば域外大国の介入につながりかねないことを相手国に認識させるためのもの)としての役割を期待されているのであり、その存在によって米軍の対アサド政権攻撃を回避することがロシアの狙いなのだと考えられよう。米軍は2013年からシリア領内への空爆を開始し、今年8月にはトルコのインシルリク基地を拠点として無人機及び有人機でISの拠点を攻撃しているが、今のところアサド政権側の部隊には攻撃は及んでいない。

 また、記事中でも触れられているように、ロシアは今後、シリア紛争をISに対する「対テロ戦争」と再定義することを狙っている。つまり、「アサド政権vs反体制派」であった当初のシリア内戦にISが参入してきたことを契機に、「IS vs 反IS連合(アサド政権+反体制派+その他諸国)」へと紛争の構図を書き換えてしまおうということだ。

 8月11日に行われたロシアとサウジアラビアの外相会談において、ラヴロフ外相はロシア、中東諸国、アサド政権による「対IS連合」の創設を提起したものの、この際は反アサド政権を掲げるサウジアラビアの同意を得られることなく終わった。だが、ロシアが依然としてこの構想を諦めていないことは、記事中でも引用されているプーチン大統領やラヴロフ外相の発言からも明らかである。

 ところでロシアがシリアで軍事プレゼンスの増強を始めたのは今年8月半ば以降と見られるが、これはムーヒンが触れている9月の国連総会を見据えたものであろう。シリアにおける軍事プレゼンスによって米国の対アサド政権攻撃を封じた上で改めて対IS連合構想を提起し、これを認めさせる思惑があるものと思われる。

 その背景には、IS対策のためにアサド政権を容認してもよいのではないかとの空気が一部の西側諸国に見られるようになってきたことであろう。今年3月、ケリー米国務長官が「最終的にはアサド政権と交渉する必要がある」と述べたことや、記事中で触れられているイスラエルの態度に見られるように、ロシアは「大連合」構想でアサド政権の生き残りを図るチャンスが出てきたと読んでいるのではないか。

 ただし、サウジアラビアとの交渉決裂からも想起されるように、「大連合」構想の成立は簡単な話ではない。この場合、まさにプーチン大統領が「将来の可能性」として示唆しているように、ロシアが公にシリアで対IS軍事作戦に踏み切ることも考えられよう。いずれにせよ、目前に迫った国連総会でプーチン大統領が何を語り、各国がどのような反応を示すかが注目される。

  
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