対談

2015年9月29日

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久松 「助けたい」と思っちゃうと基準が緩くなるから、厳しく選ばないとダメですよね。ワガママじゃないとダメなんだなって最近はつくづく思うようになりました。

 ラクしてうまくいく方法なんてあるはずがなくて、既存の方法をコピーして、壁にぶち当たって、自分たちが持っている武器に合わせてモディファイしていく、その過程でようやく血肉化する。それが成功というものなんですよね。仮に黙っていても、何もしなくても売れるモノがあったとしても、それは大手有利の市場だから、いずれにせよ早晩負けることになってしまう。

木下 同感です。世の中にはラクして儲けられる仕組みや方法があって、それを知らないから俺たちは損している、そんな勘違いしている人がいるんですよね。

 これまでは「海外で流行ったものが日本でも流行る」「東京で成功したものが数年遅れて地方で成功する」といったタイムマシン経営的な商法でも、十分に通用したんですよね。でも今はすでに情報はフラット化し、市場も成熟していて、情報格差だけで事業を成立させることなんてできない。縮小社会というのは削ぎ落とされていくトレンドのことなので、本質的な価値と向き合わなくてはいけない。拡大社会では多少の無駄も、無理も効いたのだとおもいますが、そうはならない。

 でも縮小社会は悪いことばかりではなく、生産性をあげようとする強制力が働くことでもあり、本当に価値のあるものだけが残っていく成熟化のプロセスの一つでもあります。地方はいわば、その縮小社会の先端にいる。だから海外から東京、東京から地方といったタイムマシン商法ではなく、むしろ地方から東京、そして世界へと伝播していくような価値観を打ち立てる必要があります。今の地方における地域活性化の難しい点は、実はここにあるんです。

 これまでの地方は後発組でしたから、国からお偉いさんを呼んだり、東大名誉教授を呼んだりすれば、なんとなく先を読む知見も、さらには予算ももらうことができた。地方は言われるままにコピーすればよかったんです。だけど今後は、いや、すでに今もそれが機能していない。優秀な人たちがつくった政策でも地方は再生しないし、実績豊富な再開発の専門家が地方でやっても、破綻する。後ろを走っているつもりだった地方が、いつのまにやら先頭に立たされることになっているんです。これに本人たちもまわりも気づいていない。もう誰にも教わることができないんです。

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