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2015年10月11日

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小泉悠 (こいずみ・ゆう)

東京大学先端科学技術研究センター特任助教

1982年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。民間企業を経た後、2008年から未来工学研究所。09年には外務省国際情報統括官組織で専門分析員を兼任。10年、日露青年交流センターの若手研究者等派遣フェローシップによってモスクワの世界経済・国際関係研究所(IMEMO)に留学。専門は、ロシアの軍事・安全保障政策、軍需産業政策など。著書に軍事大国ロシア』(作品社)、『プーチンの国家戦略』(東京道堂出版)、『「帝国」ロシアの地政学』(東京堂出版)。『ロシアの軍事情報を配信するサイト「World Security Intelligence」(http://wsintell.org/top/)を運営。

 前回のプーチン演説前半でも触れたように、国際的な秩序は(ロシアが大きな政治的影響力を発揮できる)国連の枠内で形成されねばならないというのがロシアの譲れない立場である。また、これも前半で触れたように、ロシアとしてはアサド政権こそが国際法的に正統な唯一のシリアの国家主権の体現者なのであって、「大連合」にはアサド政権を含み、なおかつその再建を図ることでしかシリア問題の解決はありえないということになる。

 もっとも、これはロシアの立場であって、異なった見方はもちろん可能である。たとえば前回紹介したカーネギー財団のコレスニコフは、対IS大連合を対ヒトラー連合になぞらえるのであれば、アサド政権を「大連合」に引き込むのはフランコやムッソリーニを対ヒトラー連合に招待するのと同じだと言う極めて辛辣な批評をこの演説に加えている。

対IS「大連合」は西側には受け入れられない

 最も多くのシリア国民を殺戮してきたのがISではなくアサド政権であることを考えれば、アサド政権を含めた対IS「大連合」というロシアの主張は、西側には受け入れられるものではない。その一方、プーチン大統領の強調する国家主権(前回の小覧で触れた)に照らすならば、アサド政権はたしかにシリアの正統な政府であり、そのアサド政権の要請によるロシアの介入を批判することは難しい。さらに言えば、現在、米国を中心とするシリアへの介入には国連決議の裏付けが伴っておらず、法的な観点からすれば主権の侵犯ということになる。

 今回の国連総会において、シリアのムアレム外相が米国に対し、「あなたがたはなぜここにいるのか?」と述べたのは、その端的な現れと言えよう。

 実際問題として、アサド政権を退陣させたとして、その後に民主的な政府が成立する見込みは極めて薄く、2013年に米国がシリア空爆をためらったのもまさにこのような理由による。

 ロシアのシリア介入は、こうした西側の弱みを巧妙に衝いたものと言えよう。

 また、これについては機会を改めて述べるが、ロシアにとってISの脅威は決してシリア介入のための名目に留まるものでない。多くの旧ソ連国民がISに身を投じ、グルジア出身のアル・シシャニのような人物がIS高官の地位にある状況は、北カフカスや中央アジアの不安定化を恐れるロシアにとってリアルな安全保障上の脅威であることもまた事実である。

 続いてプーチン大統領は、ウクライナを含む欧州正面へと話題を転じる。

(翻訳)

 しかしながら、冷戦時代のブロック思考と、新たな地政学的空間を利用しようという思考に完全に支配されている同僚諸君が、残念ながら若干存在します。まず、NATOの拡大路線が続いています。問いたいのですが、ワルシャワ・ブロックが存在しなくなり、ソ連邦が解体したにも関わらず、これは一体何のためなのでしょうか? しかもNATOは単に存続しているだけでなく、その軍事的インフラとともに拡大しているのです。

 そして旧ソ連諸国には、西側に加わるか、東側に残るかという偽りの選択が突きつけられています。このような対立の論理は、遅かれ早かれ、深刻な地政学的危機に至らざるを得ません。これはまさにウクライナで起こったことです。国民の圧倒的多数が政府に対して抱く不満を外国が利用してクーデターを起こしたのです。その結果は内戦でした。

 この流血を止め、八方ふさがりの状況を抜け出す為には、今年2月12日のミンスク協定を誠実かつ完全に履行するほかないと我々は確信しています。軍事力の脅しによってはウクライナの一体性を保つことはできません。行動しかないのです。ドンバスの人々の利益と権利を真に考慮し、彼らの選択を尊重し、ミンスク協定において重要な国家の政治的要素として規定されている通り、それに同意しなければなりません。このようなステップを踏むことで、ウクライナは文明国家として、そしてヨーロッパとユーラシアにおける総合的な安全保障空間を創設する上での最重要の結節点として発展することになりましょう。

(後略)

 ここでプーチン大統領は、従来通り、冷戦後もNATOが存続し、ロシアの勢力圏へと拡大していることを批判している。2004年にウクライナで起こった「オレンジ革命」により、反露・親西側のユーシェンコ政権が成立したことを、ロシアは「民主化の名を借りた侵略」であると見なしてきた。2010年代に中東で連鎖的に発生した「アラブの春」や2014年のウクライナ政変を経て、ロシアはこうした論調をさらに強めている。

 ロシアにしてみれば、アサド政権の擁護はこうした体制転換の連鎖を食い止める防波堤としての意義をも持つ。

 また、シリア介入とほぼ時期を同じくしてウクライナ情勢が沈静化し、ウクライナのポロシェンコ大統領さえもが「真の停戦が始まった」と述べる状況になったことは、シリア情勢とは無関係ではあるまい。シリア情勢でロシアが大きな影響力を発揮するとともに、ウクライナ情勢を後継化させることで、昨年から著しく悪化しつつあるロシアの国際的立場を回復しようという狙いがそこにはあると思われる。

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