サムライ弁護士の一刀両断

2015年11月25日

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2011年民政移管とは?

 冒頭でも述べたが、今回の選挙は2011年の民政移管後初めて行われた選挙である。では、2011年の民政移管とはいったいどのようなものであったのだろうか。

 ミャンマーでは、1962年にクーデターによって軍事政権が樹立され、憲法と議会が廃止された結果、長い軍事政権自体が続くこととなる。以前はビルマとして知られていた国だが、1989年に、軍事政権が英語での国名をミャンマーに改めた。現在では、多くの国でミャンマーと呼称されているようだが、未だにビルマと呼称する国やメディアもあると聞く。

投票用紙(Getty Images)

 1990年にも総選挙が実施され、アウン・サン・スー・チー氏率いるNLDが80%超の議席を獲得する大勝を収めたものの、当時の軍事政権はこの選挙結果を無視し、政権移譲を拒絶した。こうした軍事政権に対する強い非難から、ミャンマーには、米国をはじめとする先進諸国からの厳しい制裁が続けられ、結果として、ミャンマーの経済発展は停滞することとなる。2008年には、経済制裁緩和を図るため、軍事政権は長らく存在していなかったミャンマー憲法を制定し、近時の選挙を約束するにいたった。こうして2010年に総選挙が実施され、当該選挙結果に基づき、2011年に民政移管がなされたのである。

 民政移管はされたものの、軍部主導で行われた選挙に抗議し、2010年選挙にNLDは参加しなかった。その結果、有力な対抗勢力を持たなかったUSDPが、2010年選挙で圧勝した。USDPは、軍事政権が作り上げた政党であり、退役軍人や軍の関係者等で構成されている。2011年民政移管時に指名されたテイン・セイン大統領も、長期にわたって軍に所属しており、選挙直前に軍を退役している。

2015年総選挙の模様

 今回の総選挙は、上記民政移管後初めて行われた総選挙である。ミャンマーでの選挙活動も日本と同じように、選挙カーが利用されている。日本と少し違うのは、選挙カーが陽気な音楽や歌を流しながら遊説しており、さながらお祭り騒ぎのようである点である。

 日本では、候補者の名前を連呼したり、手を振りながら選挙カーを走らせているが、歌や音楽を流しているという話は聞いたことがない。街頭演説や辻立ちも日本のように行っているようである。ヤンゴンでスーツを着ているのはほぼ外国人しかおらず、筆者が外国人であることは一目で分かったはずだが、筆者も選挙用のチラシを配られたことがある。もちろん、外国人に選挙権はない。

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