思惑が一致した中台
今回、1949年以来行われたことのない中台首脳会談が行われることとなった背景として、中国、台湾それぞれの特別の思惑が一致したことがあげられます。
馬英九にとっては、次回総統選挙が約2か月後に迫った段階で、初めて対等な立場で中国指導者と会談したという歴史的実績(「レガシー」)をつくりたい、ということでしょう。そしてうまくいけば、いま劣勢に立たされている総統選挙に向け、すこしでも国民党に有利な状況をつくりだせると思ったのでしょう。馬英九としては、中国との間でなんとか安定的関係を維持できるのは国民党であり、けっして野党民進党ではないということを見せつけたかったに違いありません。
習近平の側から見れば、台湾を中国の望む「一つの中国」の原則に引き込むことが出来ると考えたのでしょう。そして、総統選挙に向けて「一つの中国」の原則を受け入れない民進党を牽制しつつ、国民党のてこ入れを行うことができるかもしれないと思ったのでしょう。
最近の南シナ海をめぐる中国の対応ぶりについては、強硬な主張にかかわらず、米国のイージス駆逐艦の行動を前に、有効な対抗措置をとりえない状況が続いています。そのことをめぐって共産党指導部内では習近平の対米外交の処理ぶりにつき論議が行われている可能性もあります。そのような時期に台湾問題でイニシアチブをとることは、党内の関心を南シナ海から台湾に向けさせる効果をもつものと考えられます。
実際に、中台間の首脳会談で、いま双方が合意できることは何でしょうか。中国が常に主張する「一つの中国」の原則に台湾をどこまで引き込むことが出来るかが焦点になります。
台湾側(国民党)は、「一つの中国」の原則を、同床異夢的にとらえ、「一つの中国」はあくまでも「中華民国」と解釈されるとの立場をとってきました。しかし、中国側にとっては、台湾はあくまでも中華人民共和国の不可分の一部であるとの立場をとってきました。
双方に政治的リスクもたらす中台首脳会談
このような原則論をめぐる相違以外に、シンガポールでは、どのような合意が可能なのでしょうか。かつて李登輝元総統は「馬英九総統の総統選挙後の行動に注意せよ」と述べ、その際、馬が中国との「和平協定」締結に踏み切るのではないか、と述べたことがあります。台湾の制度では、総統選挙後も総統の任期は4か月ほど続きます。
民主主義が定着した今日の台湾において、議会の手続きを経ずに協定を締結するという事態は想定し難いことです。中台間の「和平協定」締結は、台湾の安全保障にとって死活的に重要な米国の「台湾関係法」による武器輸入を停止することを意味するものであり、台湾のみの決定により左右されるものではありません。
今回のシンガポール首脳会談には、中台双方の指導者にとって、大きな政治的リスクが伴うものと見る必要があります。台湾において、もし民意の動向が今回の馬総統の決断に批判的であり、首脳会談は中国による台湾総統選挙への介入であると受け取られた場合、1月の総統選挙、議会選挙において、馬英九の思惑に反する結果になる可能性があります。その場合、習近平にとって、台湾問題において何らの実質的進展もなく、むしろ逆効果であったということになれば、共産党内からの批判は免れがたいでしょう。
これまでの中台間の歴史を一瞥すれば、中国が台湾の総統選挙に介入し、強硬姿勢を取った時、(例えば、1996年のミサイル発射事件、2000年の朱鎔基首相の恫喝的発言等)、台湾の人たちの反応は、逆に、中国からますます離れていくという傾向を示しました。台湾人の意識は、中国の指導部が想定するほど単純ではないのです。
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