クリントン陣営が生かしている教訓をもう一つ挙げてみましょう。それは、クリントン選対における組織文化の変革を推進していることです。08年の同選対の組織文化はピラミッド型で、有給のスタッフや政治コンサルタントは上位に、地上戦を戦うボランティアの草の根運動員は下位に、それぞれ位置づけられていました(図表1)。
その一方で、オバマ選対の組織文化はどちらかと言えば逆三角形で、草の根運動員は決して有給のスタッフの部下ではなく、一緒に目標を達成するパートナーという位置づけでした。しかも、同選対の有給のスタッフは、感謝と承認の気持ちを持って、ボランティアの運動員に接していました。
たとえば、筆者が戸別訪問を終了して選対に戻ると、有給の選挙スタッフが必ず「ありがとう」と声をかけてきます。選対から研究室に戻りパソコンを開くと、今度は同じスタッフから感謝のメールが入っているのです。
筆者が活動をしているアイオワ州デモイン西部地区のクリントン選対には、複数のオバマ陣営の元スタッフが働いています。その中には、中西部ウィスコンシン州及び南部ノースカロライナ州の元地域マネジャーや、ボランティアの草の根運動員を組織化した経験を持つ元オーガナイザーもいます。驚いたことに、クリントン選対の中でオバマ陣営の公式トレーナーを着て選挙運動を行っている有給のスタッフを見かけました。彼らが、クリントン陣営の組織文化を変える役割を果たしていくでしょう。
それらに加え、今回の米大統領選挙でクリントン陣営では、オバマ大統領の異文化連合軍のモデルを採用しています。以下で、クリントン候補の異文化連合軍について説明をしていきましょう。
クリントン候補の異文化連合軍とは
4月に出馬宣言をしたクリントン候補は、特に女性、ヒスパニック系、アフリカ系、若者、同性愛者に焦点を当てて、それらの有権者の票の獲得にエネルギーと時間を費やしています(図表2)。しかし前で述べましたように、同候補の異文化連合軍は、オバマ大統領のそれと比較すると多くの課題が存在しています。
第1に、女性の有権者です。クリントン候補は、女性票で稼ぐために、男女の賃金格差是正に訴えています。米国では男性が1ドル稼ぐのに対して、フルタイムで働いている女性の賃金は78セントです。この格差は、マイノリティ(少数派)の女性になるとさらに拡大する傾向があります。たとえば、白人男性1ドル当たりのアフリカ系女性の賃金は64セントです。ヒスパニック系女性になると54セントまで下がります。男女の賃金格差是正は、女性票獲得を目指すクリントン候補にとって看板政策の一つになっています。
女性票獲得のためには、選対運動における女性の関与が不可欠です。東部ニューハンプシャー州コンコードにあるクリントン陣営では、毎週水曜日に女性支持者が集まり、同性の有権者を対象にした支持要請の電話を入れています。その狙いは言うまでもなく、女性の支持を伸ばし、相手候補に対して女性票で差を広げることにあります。
上で述べてきましたように、女性の有権者を強く意識しているクリントン陣営は、キャンペーンソングにサラ・バレリス(Sara Bareilles)の「ブレイブ(勇敢)」という曲を選択しました。この曲のサビは、「言いたいことを言って。あなたが勇気を持っている姿を見たいの」という部分です。男女の賃金格差などに対して不平等感を抱いているのにもかかわらず、声を大にして言えない女性にクリントン候補は、この曲を通じて「自分が女性のために戦う候補者です」というメッセージを発信しているのです。