2024年4月20日(土)

ひととき特集

2009年10月27日

熊野磨崖仏を目ざして、鬱蒼とした木立ちのなか、鬼の乱積み石段を一歩一歩を確かめながら登る筆者

 参道下の売店で、足腰のお守り「苦逃幸來鬼(くにさきおに)」を買い求め、杖をついて登った。

 まず38段、ヨイショと。石段に生えた歯朶が足におおいかぶさった。また38段登ると大ミミズが這っている。踏みつけずにまたいで、29段登ってベンチに坐って杉木立を見上げてフーッと息をついた。右手は森だが左手に水無川があり、苔むした丸石がころがっている。6段登ったところで太鼓橋があり、ここらで戻りたくなった。

 太鼓橋を無明橋と思って、ヨイコラショ。そこから15段登ったところで目眩(めまい)がした。グラグラグラ。川沿いに棚田があり、これは米を作っていた跡である。ここまでは石段を数えてきたが、あんまり暑くていったい何段登ったかわからなくなってきた。小さな鳥居をくぐると、その先が崖崩れみたいになっている。ははーん、これが乱積み石段で、鬼が一夜で築いたという言い伝えがある。ゼイゼイと息を吐いてどうにか登りきると、左手がぽっかりと明るい。

 巨岩壁に高さ8メートルの不動明王像と、6・7メートルの大日如来像が彫られていた。不動明王は鼻の穴が大きく、にんまりと笑っている。

 不動明王は「動かざる尊者」であって、大日如来の使者として登場し、衆生を救うために忿怒(ふんぬ)の姿をしている。右手の剣は悪魔を退治するためのものだ。それが風雪にさらされて、人格のよさが出てしまっている。

 ゴクローサマ!

 と声をかけてしまった。

 大日如来は頭のうしろに丸い光背が刻まれて、やさしく慈悲のまなざしを送ってくれる。

 アリガトーゴザイマス!

 と、大声で拝んだのであった。

 岩壁に彫った仏師も凄いが、それが900年という時間によって浸蝕されている。その時間の厚みを見るのである。木の葉が舞い、蝶が飛ぶ。御奉仕のおばさんが2人、竹箒で掃除をしていた。

 国東の仏たちは、磨崖仏も十六羅漢も、売りとばされてまた戻ってきた阿弥陀如来も、素朴で人間的である。仏たちは国東の人々と、家族のように暮らしているのだった。いまでも役小角がブーンと空を飛んで里の人を見守っている。

 古代の日本人は、この地に直感的に神を感じていた。信仰の念力は岩山から発せられ、そこに寺院を創り、仏像を祀り、神仏と交感した。一草一樹に神が宿っている。光や風や水に命が脈動している。


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