昨年11月の総選挙でのNLD(国民民主連盟)圧勝から4カ月半、ミャンマー(ビルマ)では3月30日に新大統領(任期5年)の就任式が行われ、民主化推進の重責を担った新政権が課題山積の荒波へ向かって船出した。
新大統領選出の背景
外国籍の家族を有する者が大統領に就任することを禁じる大統領資格制限条項が憲法にあるため、NLD党首アウンサンスーチー(70歳)の大統領就任は実現せず、腹心の党幹部ティンチョー(69歳)が就くことになった。NLDは当初、大統領選出にあたって奇策に打って出て、上下両院それぞれで6割近い議席を有する力を活用し、両院の過半数合意をもって憲法の資格制限条項を一時凍結して、彼女の大統領就任への道を切り開こうとした。
憲法の規定では改憲の発議には両院各75%+1名以上の議員の賛同が必要で、あらかじめ25%の議席を割り当てられている軍の賛成が得られない限り、そのハードルを越えることは不可能である。そこで編み出されたのが、資格制限条項だけを対象とした条文の一時凍結を過半数合意で可決することだった。これが通れば、改憲を先延ばししたうえで彼女の大統領就任を実現させることができる。だが、大方の予想通り、軍はこの案に強く反対し、NLDはアウンサンスーチーの「代行」を選出することで妥協するに至った。
国民詩人のミントゥーウン(故人)を父に持つティンチョー新大統領は、ヤンゴン大学を卒業後、経済官僚としてミャンマーで働き、1960年代末期に英国に留学、その後、1988年にミャンマーで全国規模の民主化運動が生じると、父と共にNLD(国民民主連盟)に参加した人物である。軍政下で弾圧を受け続けたNLDにあって、一貫してアウンサンスーチーを支え続け、2012年に彼女の母の名を冠したドー・キンチー財団(教育支援を目的とするNGO)が結成されると、その理事も務めている。
新大統領はまた、海外に出ても遜色のない英語力を持ち、生粋の文民ではあるが軍との調整能力も期待されている。単にアウンサンスーチーに忠実な人物だから大統領「代行」に選ばれたのではなく、彼女が冷静にその能力と人柄を判断したうえで指名したことは間違いない。
これに対し、NLDとアウンサンスーチーにアレルギーを持つ国軍は、現憲法で保障された様々な軍の権限を引き続き活用しながら、新政権が推し進めようとする改革を合法的に抑制する姿勢を見せている。そのことは、2人いる副大統領の一人に、強硬派で旧軍政議長タンシュエ氏(引退)の忠実な部下だったミンスウェ(前ヤンゴン管区首相)を送り込んだことからもわかる。これによって、今後のNLDと軍との関係には常に必要以上の緊張感が伴うことが予想される。