海野素央のアイ・ラブ・USA

2016年6月28日

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海野素央 (うんの・もとお)

明治大学教授 心理学博士

明治大学政治経済学部教授。心理学博士。アメリカン大学(ワシントンDC)異文化マネジメント客員研究員(08年~10年、12年~13年)。専門は異文化間コミュニケーション論、異文化マネジメント論。08年と12年米大統領選挙で研究の一環として日本人で初めてオバマ陣営にボランティアの草の根運動員として参加。激戦州南部バージニア州などで4200軒の戸別訪問を実施。10年、14年及び18年中間選挙において米下院外交委員会に所属するコノリー議員の選挙運動に加わる。16年米大統領選挙ではクリントン陣営に入る。中西部オハイオ州、ミシガン州並びに東部ペンシルべニア州など11州で3300軒の戸別訪問を行う。20年民主党大統領候補指名争いではバイデン・サンダース両陣営で戸別訪問を実施。南部サウスカロライナ州などで黒人の多い地域を回る。著書に「オバマ再選の内幕」(同友館)など多数。

 彼らはオバマの大統領選の戦略として、

     ①ネガティブキャンペーンをユーモアに変えて心をつかむ、

     ②予備選では党員集会が開かれる州と小さな州を狙い確実に勝利する、

     ③5ドルからの小口献金を導入する

 といったそれまでにないものを行った。

 従来のネガティブキャンペーンは、恐怖心を煽るものが主流だった。例えば、1988年の大統領選で、ジョージ・ブッシュ(父)陣営が行ったのは、対立候補マイケル・デュカキスが州知事を務めるマサチューセッツ州に存在した、殺人犯をも含む受刑者の一時帰郷制度を批判するものだった。一時帰郷中の受刑者が殺人やレイプをしたことを取り上げ、有権者の恐怖心を煽り、「マサチューセッツの奇跡」を遂げたデュカキスを失速させた。

 それに対して、プラウフらが編み出したのは、ユーモアを交えた手法だ。例えば12年の大統領選で放映されたテレビCMは、歌うことが好きで知られる共和党候補ミット・ロムニーの歌声が、ロムニーを批判する文言のバックで流れるものだった。結果的にこれが好感を持って受け入れられた。選挙戦の際には、このような新しいアイデアを打ち出せる参謀が求められる。

 翻ってトランプはどうか。3月15日にフロリダ州で勝利し、主流派の支持を得ていたルビオを撤退に追いこんだトランプだが、その後のオハイオ州やユタ州では敗北が続いた。この結果、トランプ包囲網が築かれ、トランプは代議員獲得と決戦投票準備の〝二面戦争〟を強いられた。ポール・マナフォートの起用はこの頃とみられる。

 マナフォートは76年の予備選挙でジェラルド・フォード陣営の決戦投票における勝利を導いた、ベテラン政治コンサルタントとして知られる。トランプは、選挙対策本部長を務めていたコーリー・ルワンドウスキに代わり、決戦投票に向けた対応担当としてマナフォートを迎えた。それだけでなく、共和党主流派との交渉役かつ緩衝材としても、マナフォートは自身よりも若く経験に乏しい共和党幹部らの抑え込みに力を発揮した。

写真はイメージです(moodboard)

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