1990年代になって、渡航がかなうようになったので、ラマダン月をとらえて、ビジネスに行ったのが訪問理由だ。離陸直後に空港が空襲されるなど、危ない橋も渡ったが、忘れられない場所だ。
ある時、取引先が持っているレストランで食事をした。典型的なフランス料理で、あまりにもおいしいので、お世辞で一言、「ミシュランで星がとれますね」というと、御曹司は不服そうに、「この間まで、うちのシェフはフランスの三つ星でセカンドだったんですよ」と。
甘美な思い出は永遠に消えるのか?
レバノンは、とにかく気候温暖、風光明媚、飯はうまい、酒はおいしい、天国のようなところだ。
豊かなマロン派キリスト教徒の人口が多少減っても、穏健派イスラム教が太っ腹であったら、今も美しいフェニキアホテルも健在であったろう。そこに泊まったことのある、日本のVIPも少しずつ鬼籍に入ってしまい、ロビーで奏でられたハープの調べとともに甘美な思い出は永遠に消え失せてしまうのかもしれない。
話は飛ぶが、最近日本でも、生き残りをかけて大政党が主張の全く違う全体主義政党との連携話があるが、レバノンの轍を踏むことがないだろうか。大げさというかもしれないが、レバノンの混迷も、当初はほんの戯れであったのだ。この内戦で、多くの人が死に、また国を離れた。日産のゴーンさんはブラジルに移民し、フランスで最高の教育を受け、成功した一人だ。
ラマダンが終わる頃、ベイルートを発つことが多かったが、今年はラマダン月が終わると灼熱地獄の季節だ。
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