足立倫行のプレミアムエッセイ

2016年10月16日

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最初から「象徴」だった今上天皇

 ところが今上天皇は、最初から「象徴」だった。「象徴」の中身を具体化するため、お言葉通り「全身全霊」で取り組まれた。

 美智子皇后と共にもっとも努力を傾注されたのが、戦没者の慰霊と被災者、障害者への慰問の旅だ。2011年の東日本大震災の後、すぐに避難所を訪れ、両膝をついて被災者に声かけをされていた天皇・皇后両陛下の姿は、多くの国民の目に焼き付いている。

 今上天皇が即位以降28年間に訪れたのは、全国47都道府県の535市町村に及ぶ由。

 文芸評論家の片山杜秀氏は、陛下が「天皇の象徴的行為」として大切にしてきたこのような旅を、古代の天皇につながる「国見(くにみ)」と捉える(8月24日付、朝日新聞)。

 〈天の香具山登り立ち国見をすれば国原は煙立ち立つ〉舒明天皇

 山上から国を見て民の飯を炊く煙に安堵する、それが『万葉集』の中の天皇だった。

 「国見の思想と戦後民主主義が切り結ぶと、象徴天皇は旅人になる」と片山氏は言う。旅をし、国民と共感共苦する天皇。それができなくなれば退く天皇……。

 やはり、摂政などの代行ではダメなのだ。

 推察するに、象徴天皇の具体像を作り上げた陛下は、次代の皇位継承者にすみやかに「象徴」が移行することを見届けたい、それがご自身の最後の使命、とお考えなのだろう(むろん、皇太子殿下ご夫妻が両陛下のように「旅人」を志向されるとは限らない。妃殿下の健康のことがあるので、「労わり合う天皇・皇后」像の可能性もある。それはそれで、きわめて今日的な「象徴」の姿と言える)。

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