2022年10月2日(日)

トップランナー

2010年3月7日

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 マイナーでは守備の巡回コーチという存在がいるのが普通で、米国内の各地に散らばる6階層を回る。巡回コーチは自分の練習マニュアルを持っていて、訪れてはそれを一通り指導する。選手からすれば、たまにやってきては欠点を指摘しておしまいなので、不満も大きい。

 「僕は、上にあがらない選手はずっと見られますから、成長の度合い、性格、癖を見ながら個々に教えられます。こいつが上にあがれたらいいなと思いながら言っていることは、感じてくれているでしょうね」
自分を見てくれているかどうかは、言葉の壁を超えて感じるはずだ。

 山下がベイスターズのヘッドコーチを務めていた時、監督に代打を送られた駒田徳広選手が荒れて、試合中に帰ってしまった事件があった。職場放棄として大騒ぎになったが、実は山下が「帰っていいぞ」と言ったそうだ。

 「僕も現役時代、交代させられて、試合途中で風呂に入って帰ったことがあるんですよ。あの時は駒田に『帰れ、帰れ』と言いました。フロントに『職場放棄は私が勧めました』と言ったら怒られましたね」

 後に駒田は山下に感謝の言葉を述べたという。職場放棄は勧められたものではないが、選手の気持ちやプライドを量り、楯にもなるという、山下の人柄をあらわすエピソードだと思う。一人ひとりを見るという行為が形式的にならないのは、そのキャラクターゆえだろう。

 「1年目が終わる時、『ヤマシタ、来年も来てくれるか』って純粋な目で言ってくれた選手もいました。やっぱり『よおし』と思いますよ。2年目もコーチをやって、その子たちがあがっていくのをみたいですね」

 監督、コーチ、選手のすべてが勝利という単純明快な目標に向かう野球では、ベテランと若手の一体感が生まれやすいのかもしれない。でも、どんな環境であれ、同じ空気の中に逃げ込もうとする人はいるし、若いエネルギーを吸収しながら常に自身が没頭するものを見つけている山下のような人もいる。俺はこれまでにこんなことをしたという実績を、貯金さながらに取り崩しながら、惰性で生きていくなんて寂しい。若い者が年配者や中堅から学ぶこともあるが、その逆もあるだろう。(文中敬称略)

◆「WEDGE」2010年3月号



 

 

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