見え隠れする地元民の思い
至宝を失った球団は、未だ拭い去れないある問題を抱えている――。
本拠地をマイアミに移した12年、当時監督に就いていたオジー・ギーエンが、キューバのカストロ前議長を誌上で称賛したことから大きな波紋が広がった。亡命キューバ人の多い地元マイアミでの猛反発に憂慮した球団は、ギーエン監督に5試合の出場停止処分を科し、シーズン終了後には解雇に踏み切った。しかし、地域社会を侮辱した代償は高く、12年以降、観客動員数は頭打ち。今季は前年比約4万人減の171万人弱で4年連続リーグ最下位となった。ギーエンの失言は今も地元民の心の中にくすぶり続けている。
筆者がマイアミで定宿にしているホテルで、キューバ系の女性従業員に聞くと「あの発言以来、家族で球場に行くのをやめたわ」という答えが返ってきた。また、亡命経験のある60代の男性従業員はこうも言った。
「ホセがいなくなったからもう応援するのをやめようかと思った。だけど、ジャパンからきたイチローがまだ頑張るんだったらそりゃ球場に行くさ」
キューバ移民の人々にとって、夢を追い、異国の地で超一流の域に達したイチローのこころざしはフェルナンデスと相通じているのだろう。
実際、二人は気脈を通じていた。
フェルナンデスの出棺式が執り行われた9月28日、イチローは球場の外の支柱に貼られたボードに「U r the BEST! 51」と書き込んでいる。これは、専用のトレーニング機器で準備をしているイチローの姿を見るとエース右腕が必ず掛けてくれた言葉「You are the best.(あなたは最高の選手)」だった。惜別のメッセージにイチローが迷うことはなかった。
フロリダ半島の南西に浮かぶカリブ諸島で猛威をふるうハリケーン「マシュー」が翌日に接近するとあって、テレビでは朝から数日間分の食料と水など、非常時の備えを促し続けていた5日、マーリンズ球団首脳による会見が終わり、空港へ急ぐ道すがら、ふと、こんなことを思い出し、はっとした――。
イチローが10年連続200安打に邁進していた6年前の夏だった。その打撃について問うと、時のホワイトソックス監督だったオジー・ギーエンはこう発した。
「人は死ぬ。でもイチローは打つ」――。
「当然の理」と言わんばかりに、ギーエンは独特のレトリックを施した。
あれから6年――。その13文字は、期せずして、マイアミ・マーリンズ再建への方途を黙示的に含蓄する響きへと変わっていた。
因縁とはまさにこのことであろうか。
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