オトナの教養 週末の一冊

2016年10月21日

»著者プロフィール
著者
閉じる

中村宏之 (なかむら・ひろゆき)

ジャーナリスト

1967年生まれ。91年、慶應義塾大学経済学部卒、読売新聞東京本社入社。ロンドン特派員、米ハーバード大学国際問題研究所研究員、経済部デスク、調査研究本部主任研究員などを経て2017年4月より読売新聞東京本社メディア局編集部次長。『御社の寿命』、『世界を切り拓くビジネス・ローヤー』、(いずれも中央公論新社)など

 〈時間と距離の感覚を身につけ、隙間を通り抜ける目を養う〉

 〈どこで曲がるか、どこで停止するか。身振り手振り、外見、錯覚など、ごく些細なことにも気を配った〉

 〈KGBは怪しいと見ると獲物を狩り出すために車も人員もどんどん追加投入してくる〉

 こうした環境下での活動である。特殊な訓練を受けないととても対応できないことがわかる。

いきなり接触
「役立つ情報がある」

 さらに驚くのは、スパイ自らがアメリカ側に接触を図ってくる場面の描写である。ガソリンスタンドで、あるいは街角で、いきなり「役立つ情報がある」と接触してくる。接触された方は「ワナではないか」と最初は警戒するのが当然だ。しかし、そうした中に驚くほど良質な情報を持った「本物」がいるのも確かである。次第に彼らの「価値」に気づいて、取り込んでゆく経過も詳細に描かれる。スパイの多くに、ソ連という国への義憤や私怨、絶望などの動機があるのも興味深い。

 情報収集機器の開発や進歩が、諜報活動に大きな影響を与えていることも示される。機密資料を撮影するための小型のペンダント型のカメラや、緊急時にスパイが自殺するための毒入りカプセルなど、あらゆる武器が登場する。ただ、そうしたものをスパイに支給することをアメリカ本国のCIAがなかなか決断できない様子も繰り返し描かれ、諜報活動の困難さを象徴している。事がうまく運べばよいが、失敗してスパイが相手側の手に落ちた場合のリスクも非常に高いからである。しかし、リスクを取らないと、望むような最高機密が得られないのもまた事実である。

 当時も今も、時代によって形を変えて、諜報活動は続いているはずだ。おそらく永遠になくならない活動であろう。ただそれを担っているのは感情を持った生身の人間である。本書でもスパイ本人はもちろんスパイと接触するCIAスタッフなど様々な人物が登場し、それぞれの場面で一人の人間としての感情が吐露される。秘密情報戦の中で人がどんな心理状態におかれ、何を考えるのか。そうした面からも興味深い力作である。

  
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。

関連記事

新着記事

»もっと見る