前向きに読み解く経済の裏側

2016年11月7日

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塚崎公義 (つかさき きみよし)

経済評論家

1981年 東京大学法学部卒、日本興業銀行(現みずほ銀行)入行。主に経済調査関連の業務に従事。2005年 銀行を退職して久留米大学へ。現職は久留米大学商学部教授であるが、当サイトへの寄稿は一個人として行うものであるため、肩書きは「経済評論家」とする。

以下は頭の体操です。よろしければお付き合い下さい。

 研修講師の件、役所の入札システムに応札する立場で考えてみましょう。本文では、「一回限りの入札であれば、相当高い金額で応札するか、応札自体を諦めることになります」と記しましたが、よく考えると、そうでもなさそうなのです。以下、講義資料の作成費用が10万円、講義自体は2万円のコストだとします。講習は毎年行われ、毎年入札が行われるとします。

 最初の年は、全員が12万円で応札します。運良く落札して講義を行なったAは、翌年の入札では圧倒的に有利です。昨年と同じ資料を使えば、資料作成コストがかからないからです。そこで、他社が12万円で応札するところ、11万円で応札すれば良いのです。確実に落札できて、9万円の利益が得られます。以後、未来永劫9万円の利益が得られ続けるのです。

 しかし、世の中はそれほど甘くはありません。初年度に偶然落札した企業が莫大な利益を得られるのであれば、初年度は「腹切り」でも落札しておき、翌年度以降の利益を確実に手にしたい、と考える企業があるはずです。たとえば初年度にBが3万円で応札するとします。Bは、初年度は9万円の赤字ですが、翌年以降は9万円の利益ですから、大儲けです。

 しかし、世の中はそれほど甘くありません。Cが2年目に10万円で応札して落札するかもしれないからです。Cは、2年目は2万円の損失ですが、その後は5万円で応札し続けて、1度でも落札出来れば良いので、賭けてみる価値は十分にあります。何と言っても実質的に入札に参加しているのはBとCだけなのですから、落札できるチャンスは十分あるでしょう。

 しかし、Bにも知恵があります。「2年目に、私以外が落札した場合には、3年目以降は2万円で応札する」と宣言するのです。そんなことをしたら、Bは損をしてしまいそうですが、大丈夫です。これは「ブラフ戦略」ですから、実際にはそうはならないのです。Bの宣言を聞いたCは、「自分が2年目に10万円で応札した場合、初年度の損失の2万円を永遠に取り戻せない」と考えて、応札を諦めます。したがって、やはりBが毎年11万円で落札し続けるのです。BとCでは、最初に損を確定したBの方が、これから損を覚悟で挑むCに比べて有利な立場にいる、というわけですね。

 そうとなれば、最初の入札時に1円で落札するインセンティブがすべての参加者に生じます。実際に大勢が1円で応札した、という話は聞きませんが、コンピューターのシステム開発で1円で応札した企業は実際にありました。当初は損をしても、自社のシステムを役所が導入すれば、その後のバージョンアップやメインテナンスは必ず自社が受注することになるので、「損して得採れ」と考えたのでしょう。たしか、その後は役所が「1円での応札は禁止」と決めたと記憶していますが……。

 なお、本件は、筆者の得意分野では無いので、さらに良い戦略をBやCやDなどが考えるかもしれません。「ゲーム理論」などが得意な読者は、頭の体操をしてみては如何でしょうか?

  
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